―――― ぅ・・そだ・・・。



 ウソ ダ ウソ ダ ウソ ダ・・・



  「嘘だ!!!!」



 震える手をごまかすように、俺は、テーブルの上にあったマグカップをテレビ画面

 に投げつけた。

 画面を傷つけ、激しい音を立てて床で割れたカップ。

 それでも、テレビではアナウンサーが淡々とした口調でその事件を報じている。



  ≪本日未明、大規模な火災のありましたM企業の所有する工場において、怪盗

  KIDと思われる遺体が発見されました≫





 カイトウ キッド ノ イタイ ガ ハッケン サレ マシ タ





  「あ・・・・あぁ・・・・・っ」





















月のしずく




















  「・・・・・・この有様は・・・どうしたの?」

  「ん? 調べ物」


 しばらく家に閉じこもっていたら、隣の少女がやってきた。

 そうして入ってきた書斎のあまりにひどい散らかりように、眉を顰める。


  「調べ物にしたって、もう少しなんとかできないの?」


 呆れたように溜息を吐いて、手近にあるファイルを片付け初めて――――。


  「やめろ!」

  「え?」


 思わず大声を出してしまった俺に、驚いて手にしていたファイルを取り落とす灰

 原。


  「工藤、君?」

  「あ・・・まだ、見てないやつだから・・・元のトコに置いといてくれるか?」

  「え、ええ・・・・ごめんなさい」

  「怒鳴って、悪い・・・」


 八つ当たり、だよな・・・。


  「・・・工藤君、何か、あったの?」


 気遣わしげに俺を見る灰原に、俺は笑ってそれを否定した。


 何にも、ねーよ。

 工藤 新一に関わることで、起こった事なんかなんにも。


 アイツは、俺には一切関わらなかった。

 だから、例え、世を騒がせる白い姿が世間に現れなくなっても、俺の周りで変わる

 ことなんか・・・。


  「そう・・・・何かあったら、言ってね」

  「・・・・・ああ」


 言えない。

 言えねーよ・・・。





 世間ではすっかり死んだとされた


 怪盗KIDを探してる、なんて。










 俺が、江戸川 コナンであったときに知り合った、気障なドロボウ。

 始めは、オカシなヤツだと思った。

 ドロボウだから、捕まえなきゃいけないと思った。

 でも、ほんの少しでも話をしたら、犯罪者のはずなのに・・・そう思えなかった。

 特に深い話をしたわけでもない。

 馴れ合ったわけでもない。

 それなのに。


 思い返して、笑おうとしたが。



  <怪盗KIDの、遺体が――――>



 その瞬間頭に響いてきた声に、咄嗟に耳を塞ぐ。


 違う・・・違う・・・・・・そんなハズない!

 あんなにふてぶてしいヤツが・・・何度撃たれたって、無事だったヤツが!


 大して親しくもない怪盗の生死に、どうして、こんなに心がざわつくんだろう。


 分からない。


 だけど。


 キッドが現れなくなって、あのニュースを見た後からずっと。





 ムネ ガ イタイ





  「痛い・・・」


 俺は病気なんだろうか。

 それとも、アイツが見つかったら・・・この痛みも消えるかな・・・。


  「キッド・・・っ」


 名を呼ぶと、なおさら痛かった。















 父さんの書斎にあった犯罪ファイルを、端から何度も読み直した。


 図書館に行って、過去10年の新聞を調べつくした。


 どこかに何か参考になるものがないかと、警視庁の極秘ファイルにまで手を出し

 て。


 でも、アイツは何ひとつとして手がかりになるものを残してはいなかった。


 探しようが、ない。


  「・・・・・・ない・・・・・見つからない・・・・・・ど、して・・・・・・・?」

  なんで、だよぉ・・・・・・っ





 信じたくなかった。


 遺体が見つかったなんて。


 そんなもの、それが彼だなんてどうして言い切れる?


 でも、分からない。


 本物かもしれない。


 偽者かもしれない。


 まったく関係ない奴かもしれない。


 イキテいるのか、シンデ、いるのか・・・。


 分からない。


 分からない。


 ワカラ ナイ















  「工藤君? 最近家に閉じこもりきりのようだけど」

  前よりも凄まじくなってるわね・・・。


 後ろから掛けられた声に、それまで机に伏せていた顔を上げる。

 目が合った途端、灰原はひどく驚いた様子を見せて顔を顰めた。


  「工藤、君・・・?」

  貴方、いったい・・・。


  「なあ・・・・灰原・・・・・・俺を、こ――――」


  「?」

  「あ・・・な、んでもない・・・・・・」




 俺は今、何を言おうとした?





 オレ ヲ コロ シ テ





 咄嗟に口を塞いだ。


 でも、そうしてくれたら、楽になれそうな気がした――――。





 こんな、もがくほど落ちていく蟻地獄のような感情から、抜け出せそうな気が。















  「お願いだから、少しでも食べて?」

  もう、理由なんか話さなくてもいいから!


 ベッドにうつ伏せている俺のすぐ傍で、灰原が叫んでいた。

 だけど俺は、動かない。

 動けない。





 いない・・・。


 もう、いないんだ・・・。


 探したのに。


 あんなに、これ以上ないくらい探したのに。


 このまま眠りたい。


 眠ったらきっと、アイツの夢を見るから。





 いつの間にか、彼女の声が聞こえなくなっていた。






  <探偵は、その跡を見て難癖つけるただの批評家に過ぎねーんだぜ>


  <また会おうぜ、名探偵>

  世紀末を告げる鐘の音が、鳴り止まぬうちに・・・。





 耳に届くのは、ただ、アイツの声だけ――――。















 眩しさに目が覚めた。


 眠れば見ると思っていた夢も、起きた今はなにひとつ覚えちゃいなかった。

 静まり返った部屋の空気に、ゆっくりと起き上がる。

 灰原は隣に帰ったのだろう。

 机の上には冷めても特に影響の無い食事が用意されていたけれど、目に留める

 ことは無かった。

 辺りは暗かった。

 唯一の灯りが、窓から差し込む柔らかい光。

 今も、これに起こされたのだろう。


  「・・・・・・つき・・・・・・・」


 ポツリと零して、窓辺に立つ。

 見上げたそれに彼を重ね、俺は、自然と誘われるように外へ出た。















  「冷て・・・」


 さすがに温度は感じるらしい。

 もう何も感じない心だから、てっきり身体もそうかと思ったのに。





 こんなところにあっただろうか・・・そう思ったら、いつの間にか入ってた林の中。

 奥に行くと、湖のようなものがあった。

 その湖面に映った小さな月。

 俺はまた、誘われるまま水に入った。


 その月に近付く。

 手を伸ばす。

 揺れる水面に、壊れる月。





 コワレ ル ツキ





 もう、いいや。





 そう思ったときだった。





  「何やってんだ!?」


 耳に届いた言葉のすぐ後に、腕をつかまれる。


 暖かい。


  「あ・・・・・・」




 振り返ると、白い影が見えた。


 彼が着ているのは学生服だったのに。


 目を見張る。

 見ると、それは彼も同じだった。


 見間違い・・・?

 気のせい?


  「な、に・・・してんだ?」


 掴まれた手に、力が込められる。

 その痛さよりも、伝わる熱が気になった。


  「とにかく、岸に上がろう」









 引かれるままに岸に上がり、上着を借りる。

 少し逡巡した後、彼は俺の手を取って先を歩き出した。


 そうかもしれない。

 でも、違うかもしれない。


 そんな葛藤の中、ようやく顔を上げて、前を歩く彼を見た。


  「・・・・・・っ」



 ああ、同じだ――――!



 燃え盛る城の中の映像が浮かぶ。

 犯人を抱えて、俺の前を走った白い怪盗。

 何度も後ろを振り返りながら・・・。


 そのとき見上げた背中が、目の前の男に重なった。



 い・・・た・・・・・。

 やっぱり、生きてた・・・・・・・・・っ



 俺は、その背中が消えないように、いつまでもじっと睨みつけていた。










 まっすぐ俺の家まで連れてきた彼は、玄関に入るとそれまで繋いでいた手をあっ

 さり離してしまった。


 このまま帰ってしまうのだろうか・・・。


 そう思ったら、玄関の扉を背に固まってしまう。


  「ええと、取り敢えずお風呂だよな」


 動かない俺に業を煮やしたのか、彼は一言断ってからお風呂場へと向かった。

 どうして場所を知ってるか・・・なんて、聞くまでも無い。


 風呂が沸くと、そこへ促された。


 帰らない、よな・・・?


 そう願いを込めて見つめていると、


  「リビングにいるから、ちゃんと温まるんだよ?」


 優しい声に、俺は頷いた。










 急いで身に着けたバスローブのまま、濡れた髪を拭くこともなくリビングに向かう。

 暗い部屋の中、カーテンの閉められていない窓からの月明かりが、彼を照らして

 いた。


 再び、白い影が浮かぶ。


 月を背に、そこにいるのは白い姿。



 怪盗KID――――。



  「・・・・・・さんきゅ」


 そのまま飛んでいってしまいそうな気がして、焦燥感に駆られた俺は声をかけた。

 小さな声だったけど、しっかり気付いてくれて。


  「なあ、さっきは池で、なにしてたんだ?」


 真剣な目で尋ねられ、目を逸らす。


 なに、してたんだろう。

 ・・・そうだ。


  「――――大事なもの、無くしたんだ」


 とっても、大事なもの。


  「あの池で?」


 首を傾げながら訊くのに、俺はそれを否定する。


  「探しても、探しても見つからなくて・・・もう、諦めようと思った」

  そうしたら、いつの間にかあそこにいたんだ。


 諦めて、楽になろうと思った。

 近くにいこうと思った。

 もし向こうにいなくても、そうすれば、見つかるかと思ったから。

 見つけたら、例えどんな形でも、傍にいられると思ったから。


 彼はその言葉で意図を悟ったらしく、顔を強張らせた。

 そして、


  「俺が探してやるよ」


 そう、言った。


 まじめな顔で。


 必死な、形相で。



  「・・・・・・」

  「俺、探し物は得意だから、絶対に見つかる」


 力強い声。

 だけど・・・・・・ば、かみてえ・・・・・・。


 タオルを持っていた手から、力が抜ける。

 同時に、目から熱いものが零れ落ちた。


 だめだ・・・止まんない・・・・・・っ


 落ちたタオルを拾おうとした彼が、焦ったように立ち上がるのが分かった。


  「お、おい・・・本当に大丈夫だって。俺に見つけられないものは無いんだから。

  な?」


 顔を覆って泣く俺の肩を掴んで、威圧感のない強さでもって、何度も俺に言って聞

 かせる。


  そうだろう。

  コイツに、見つけられないものなんかない。


  「いい・・・」

  「え?」



  ほら、こうやって。



  「いい。・・・・やっと、見つけたから・・・」





 見つけ出して、くれたから。






 何も考えずに、目の前の男にしがみ付いた。





 俺は、ずっと、オマエを探してたんだから――――。






 それが、彼に伝わったのかどうかは分からなかった。


 それでも、抱きしめ返された腕は、やっぱり温かい。

 そして、





  「・・・・・・見つけてくれて、ありがとう」





 そう耳元で囁かれて顔を上げると、そこには、ずっと見たかった笑顔があった。




















2003 04 06





fin



next⇒『楽園






こちら側で書くと、こんなに暗くなるのですね・・・(><)快斗の所為・・・?
「月のしずく」・・・とっても好きですv
でも、c/wの「泪月」の方が好きかもしれません。(このお話だとどちらかといえばこっちかなと思いまして)






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崎美郷さまからいただきました♪
崎さまのサイトにある『君を探してた』の新一サイドです。もう切なくって、思わず涙を誘われます。
心のなかに深く根付いていたものの、気付かなかった想い。KIDが死んだということで無意識に心が悲鳴をあげるものの、それでも自覚できないせいで喪失感とともに苦しむ原因になって。どうしようもなくおいつめられて、湖のなかへと入っいくところなんてまさに圧巻。快斗が助けるとわかっていても、早くきてと叫んでしまうくらいでした。
求めて指し伸ばした手をしっかりと受け止められて、本当によかった♪からっぽになった心も、快斗のぬくもりで満たされていって、こちらまで幸せな気分にさせてもらいました。
どうもありがとうございました!
                                 03.04.09










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