楽 園
「組織を潰して、怪盗KIDは役目を終えたんだ」
だから、完全にその存在を消した。
そのことで、苦しむ人がいるなんて思いもしなかったから。
義賊だと囃し立てるひとなんかどうでもいい。
キッドを追うのに命を懸けてる中森警部には少し悪いかとも思ったけど、泥棒を続け
ることでしか彼にはキッドの存在を証明できないのだからどうしようもない。
捕ってやる気なんかさらさらなかったし。
なんの未練もなくキッドを殺した。
ニュースを見たって、なんの感慨も沸かなかった。
「ごめん・・・」
知らなかったんだ。
探してくれていたなんて。
心配してくれていただなんて。
「そんなの、謝る必要はない」
俺が、勝手にしていたことだ。
「それでも、ごめん」
俺が、もっと早く自分の気持ちに気付いていたら、さっさとコンタクトでも取っただろう
に。
聡い名探偵は、正体を隠したままでも俺に気付いてくれただろう。
見つけてくれただろう。
今日みたいに。
微かに微笑む綺麗な顔を前に、俺はそっと唇を寄せようとして・・・。
「悪い・・・」
「え?」
見つめていた唇が、そんな言葉を紡いだ。
「もう、だめだ・・・・・・」
「え、って、めい・・・えーと、新一!?」
俺に抱きしめられた格好のまま、ずるずると力が抜けていく彼。
「新一!!」
意識を失った彼を抱き上げると、俺はその軽さに眉を顰めた。
とても高校生男子の身体とは思えないほど細い手足。
以前もそんな印象はあったけれど、これは異常だ。
「どうやら気を失っただけみたいだけど・・・・・・とにかくベッドへ連れて行くか」
一度抱えなおして、廊下に出る。
「誰!?」
玄関の方から鋭い声がした。
この声は・・・・・。
「工藤君!!」
俺の腕の中の彼を見て真っ青な顔で駆け寄る少女は、確か名前を灰原 哀と言っ
た。
新一と組織との戦いで得た、彼の数少ない理解者だ。
彼女は、息を弾ませたままで俺を睨みつけてきた。
「大丈夫、気を失っただけだよ」
「・・・貴方は、誰? ここでなにをしているの?」
彼を、どうする気!?
「――――」
どう説明しようかと考えていると、新一が無意識に俺の服を掴んだ。
そのまま、擦り寄るように顔を寄せる。
「・・・・・・貴方、ね?」
「?」
その様子を見た彼女は、少し考え込んだあと、ようやく落ち着いたように言った。
俺の正体に気付いたようではないけれど・・・。
「いいわ、彼の部屋に運んでちょうだい」
そのつもりだったのでしょう?
安心したように眠る新一に、彼女の警戒は一瞬で消えた。
冷たい声でそう言うと、さっさと階段を上がっていく。
俺は、その後をゆっくりと追った。
「栄養不足・睡眠不足・自律神経の失調・・・・」
ほんとに、とんでもない状態だわ。
ベッドに寝かせた新一を診察しての、一言。
俺は、それが信じられずにただ眠る彼を見つめた。
少女は、黙ったまま俺を部屋の外へ促す。
廊下に出て扉を閉めると、彼女は振り返って俺を見据えた。
「・・・・・・それで、貴方はいったい誰なのかしら」
工藤君の交友関係に、その顔を見た覚えはないわ。
「――――――」
既に捨てた名を言えば、新一との数少ない関わりもすぐに分かるだろうが・・・。
逡巡していると、
「もう一度訊くわ・・・貴方は誰!?」
新一の部屋の壁とは反対の壁を拳で叩いて、睨みつけてくる。
ある程度は防音のようだから、眠っている彼がその音に目を覚ますことはないだろ
う。
俺は苦笑して、その場に片膝を付き、頭を下げた。
「お初に御目文字仕ります。賢き方」
彼の怪盗の気配を纏って、彼女の言葉を待つ。
「あ・・・なた・・・・・・・、まさか・・・・・・」
顔を上げると、見開かれた目に見つめられていた。
「・・・・・・・そう、そういうこと・・・」
すべてを悟ったように、彼女は拳を握り締める。
そして、
「歯を、食いしばりなさい」
言ったと同時に、俺の頬で鋭い破裂音がした。
「分かってるわ・・・彼との間に何もなかったのなら、こんなの、筋違いだって。貴方
には貴方の事情があったろうし、それを彼や私がどうこういうことじゃない」
でも、彼のあの状態の原因が貴方にある以上、私は貴方を責めるわ。
殴り足りなそうに、震えている手。
小さな手のひらが、痛そうに赤くなった。
「教えてあげましょうか? このひと月ほどの彼のこと。学校には行かない、食事
は取らない、眠らない。青い顔をして、毎日パソコンやファイルと向き合って! な
んともない方がおかしいわ!」
今日だって、ようやく眠ってくれたと思ったら突然消えて!
恐らく、ずっと彼を探していたのだろう。
「その上あのひと、この間私に何を言おうとしたと思う?」
彼女は、泣き出しそうな顔のまま口の端を引き上げる。
耳を塞ぎたくなった。
それでも、俺はまっすぐ彼女を見る。
「・・・・・・分かっているようだから、言わないであげる。それに」
これ以上貴方を責めて、彼に嫌われたくないわ。
「――――――相応の、罰だよ」
「・・・そう思ってくれるなら――――彼の近くにいてあげてね」
そう言うと、彼女はとうとう泣き出してしまった。
俺は、自分のしたことで傷つけたひとがもうひとりいたことを知った。
「痛かったか?」
ようやく泣きやんだ彼女は、俺に新一を任せて隣へ帰った。
そして部屋の中に入ると、起きていたらしい新一と目が合う。
「・・・・・・気付いてたんだ?」
「オマエ、わざと避けなかったろ」
相応の罰だって?
「・・・コレだけじゃ不相応だね」
赤くなっているだろう頬に手を当て、新一の傍まで行く。
ベッドの端に腰掛けて、そのまま新一の方へ顔を向けると、
「これは、本当なら俺が受ける罰だ」
灰原に心配かけてたのは知ってたのに・・・。
済まなそうに顔を俯けてしまった。
俺は、その手をそっと掴んで目を瞑る。
「今の新一が受けたら、吹っ飛んじゃうんじゃない?」
笑って言う。
「いくらなんでも、そんなわけないだろ」
子供の力だぞ?
「いやいや、侮っちゃいけないよ〜」
新一が大切な分、割り増しされてた感じ。
「・・・そっか」
「だから、改めて彼女には俺たちのらぶらぶっぷりを見せに行こうか」
きっと安心してくれるよ♪
「ら、らぶらぶってなんだよ!」
俯けてしまった顔を上げようと、茶化して言ったのだが。
新一は顔を真っ赤にして、俺の手から自分のそれを抜き取ってしまった。
「あれ? ちがうの?」
「だっ だって! 別に俺は!」
――――――それって、今更ってヤツじゃないの?
「俺は、新一が俺を探してくれてる間、暢気に学校に通ってた」
「・・・なんだよ、いきなり」
「キッドになる前と・・・キッドになった後と、少しも変わらずに毎日を過ごしてた」
「それが、普通だろ?」
「でも、それは表向きだけだったんだよ」
苦笑して言うと、疑問を浮かべた瞳が俺を見ていた。
「何も変わらないはずなのに、ずっと、何かが足りなかった。何もする気にならな
くて、まるですべてをなくしてしまったみたいだった」
毎日毎日、惰性で同じことを繰り返してるだけの生活。
今さらながら、生きてるなんてとても言えない状態だったように思う。
「知らず、俺も探してたんだ」
キッドとして出会った、名探偵を。
「・・・・・・・・・」
「会いたかったから。話したかったから。一緒に笑いたかったから。抱きしめたか
ったから」
好きだから。
「・・・っ」
「新一は?」
なんで、俺を探したの?
「探偵としての義務感? ちょっとでも関わったヤツだから、なんとなく?」
「ち、がう・・・」
「だろう?」
俺と、同じだよね?
泣きそうな顔に、ふわりと微笑む。
「なあ、傍にいてもいい?」
「・・・・・・許可しないと、いないのか?」
「そんなわけないけど。でも、どうせならね」
「――――灰原、泣かせたくねーし」
遠まわしなお許しを貰う。
素直だったり、素直じゃなかったり。
こんなひとだったかなと思いながらも、既にそれが本当の工藤 新一だと、俺の中
に自然に入ってきた。
嬉しくないわけがない。
彼の頬に手を添えて、再び顔を近づける。
彼は少し困った顔をしてから、覚悟を決めたように(笑)目を閉じた。
始めの想いは、感覚というフレーム。
それを彩るように、少しずつ君を知っていく。
絶えることなく増えていく想い。
欲しかったものを見つけて。
そうして手に入れたのは、決して満たされることのない代わりに、色褪せることもな
い楽園の日常。
2003 04 08
fin
平井 堅より;
それぞれアーティストがばらばらですね(^^;)
・・・哀ちゃんが目立っております。
えと、やはり新一さんは病気中ですし、快斗も無体なことはできませんよね?(逃げ?)
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