ことしのほうふ。
「さて、新一。初詣に行こうか」
「え…今から?」
「そう」
今朝は、"おはよう"の代わりに"あけましておめでとう"と挨拶して。
朝食にはお雑煮を食べて。
お年玉と言って、読みたかった絶版書をもらったりして。
ああ、お正月なんだなぁと時節に疎い新一がじんわりと実感し始めた頃。
快斗からもたらされた言葉は、ちょっとだけ気分を降下させた。
「…だって、外寒いし」
「冬だから当然だな」
「…人が多いのはいやだし」
「そこの氏神さままでだから、人は多くない」
「…車でなら行ってもいいけど」
どうにも初詣に行くことを曲げそうにない快斗に、とうとう譲歩策を出してみる。
せっかくの正月だ。寒い中にわざわざ外出なんかしたくない。ゆっくりのんびり過ごしたい決まっている。
「新一くん。一年の計は元旦にありってことわざ知ってるよな?」
「もちろん。物事は最初が肝心っていうんだろ。今年最初の休日をどう過ごすかによって、今年一年の休日運が決まるんだ」
「いや、違うけどね。っていうか、適当なこじつけをしてるんじゃない」
むっとして頬を膨らませる新一に、快斗は持っていたコートをさっさと着せる。
「物事は最初が肝心。だから、計画をたててから事にあたるべし」
「それが初詣なのか?頭っから神頼み?」
「そうじゃなくってね。行き当たりばったり的な新一くんには、計画的に行動することも必要ってことだよ。だから、まずはオレの計画に付き合ってもらう」
「なんだよ。快斗だってこじつけてるじゃないか」
手を引かれて玄関口まで連れてこられて、仕方なく新一は靴を履く。開かれた扉からはいってくる寒風に首を竦めるが、ふんわりと巻かれたマフラーのおかげで然程でもなくなった。
「どこが?新一とできるだけいっぱいデートしまくるっているのが、オレの今年の抱負。だから、元旦からきちんと計画を遂行しようとしてるんだよ」
「…初詣じゃなかったのか?」
何時の間にかデートに摩り替わっているのに、新一はため息をついてみたりする。
いくら神頼みなんてと呆れてみても、神様をダシにデートするのは些か不謹慎というものだから。
「そうだよ。初詣とデート、一石二鳥だろ。一粒で二度おいしいっていうのも今年の抱負。ま、今年っていうより毎年そうだけどね」
「あ、そ」
運に強く、恵まれていることは重々承知のこと。意気揚揚と告るコトバには自信が漲っていて、幸運から見放されたことがないのを窺い知るには充分だ。
「じゃ、運試ししようぜ。今年一年のオマエの運勢の行方をな」
「運試しって、これ?」
「実に簡単でわかりやすいだろ。ほら、百円よこせ」
「はいはい」
差し出された手のひらに、銀色のコインを落とす。それを、朱色の箱にある投入口に入れると、下にある口から紙片が出てきた。
取ろうとしない快斗に視線をあわせると、もうひとつ百円玉を持っている。
「それ、新一のね」
「別にオレは…」
「だってお金入れたの新一だろ。で、オレのはこっち」
コインを入れて落ちてきた方を快斗が取った。
全然する気はなかったのに、成り行きで手にしたもの。それでも、なんとなく今年の運がどんなものか見てみるもの悪くないと思う。
きれいに折りたたんである紙片を開いて、そこにかかれている文字を見た。
「あ、大吉だ。快斗は?」
「オレも」
「なんだ、同じか。つまんねぇ」
そう言いつつも、一番いいものがお互いのおみくじに書かれているのだから嬉しくなってしまう。
「えっと…今年はあなたにとってさらなる飛躍と幸福をもたらす年になるでしょう、だって」
「大吉だからそんなもんだろ」
「へぇ。探しものは、長年の苦労が報われるでしょう。仕事は、大願成就だって。恋愛は、永遠の伴侶と幸せになるでしょう、ってさ。なんかスゴイなぁ〜。新一は?」
「…………」
おみくじを覗き込んだまま、新一は押し黙ってしまう。
不思議そうに思いながら、快斗は脇から覗き込んだ。
「今年は変化と激動の年になるでしょう…?探しものは、いつでもすぐに見つけてもらえる。恋愛は、順風満帆なんの陰りもなし。えっとそれから子宝は、健やかなやや子に恵まれるでしょう。仕事は充実しつつも、ひとまずお休み。健康は、安産ゆえに問題なし。ふーん…確かに変化と激動かもね」
「何が"かも"だよ!適当なくじなんだから、こういうこともあるさ」
「いや、新一だからこういうこともあるかもってこと」
「なに?!」
たかがおみくじで、目くじらをたてるのもどうかと思うが。快斗の言い草に、新一は睨みつけた。
しかし、快斗はにこやかな笑みを浮かべたままだ。
「な、新一。今年は何年か知ってる?」
「ひつじだろ。それがどうした」
「そう、未年。"未"って字は、事物がはっきり形をとらないって意味があるんだ。なんとなく、新一っぽいよな」
「どこがだよ!」
「過去においてもそうだったから、未来もそうであってもちっともヘンじゃないってことさ」
「…………」
何を言っているのか、わかるだけに反論が思い浮かばない。上目遣いでキッと睨むと、さっさと踵を返した。
「あ、新一。ちょっと待って」
「待つかよ」
「お守りを買いたいからさ」
足早に帰ろうとするのに、慌てて声をかけてきたかと思えば。新一の機嫌の悪さなどまるで気にしていない快斗の口調に、ひとりでいきり立っているのがバカらしくなる。
足を止めて、社務所のところにお守りを買いに行った快斗を振り返った。
色とりどりのお守りやらお札やらが並べてあって、快斗はとても真剣な表情で見つめている。
(…そうだよな。"大願成就"って通りにならなければ快斗は……)
そのためなら、神頼みだって仕方ない。快斗が無事でいてくれることは新一の何よりの願いでもあるから。
(オレも…買おうかな…)
らしくもなく、家内安全とか災厄払いとかのお守りを思い浮かべていると。快斗が戻ってきた。
「お待たせ」
「いや…なに買ったんだ?よさそうなのがあったんなら…オレも…」
「はい」
「へ?」
買ってみようか、と言いかけたところに快斗が神社の名前の書かれた白い袋を新一に渡してきた。
「これ?」
「新一のお守りだよ」
「あ、りがとう」
「どういたしまして」
快斗が自分自身のためでなく、新一のためにあんな表情をして選んでくれていたなんて何だか照れくさくなっていしまう。
きっと快斗は気づいているのだろう。
運試しとか言って、おみくじを引かせたのは新一の少しばかりの気休めだったということを。
益々、組織との闘い激しさを増していって、白い姿になるときは不安ばかりが増してゆく。
世界中に散らばる名だたるビックジュエルも、残すところは僅か。それと反比例しているのが危険度。
運が強い快斗だから大丈夫だと思っても、絶対ということはありえない。だから大したことではないけれど、目の見える形で運の強さを確かめたかったのだ。
「自分で大丈夫だと思っても、人っていうのは不安に陥りやすいからな。そういうときに気休めでもいいから、支えになるものがあるのはいいし」
「うん」
やっぱり、快斗はわかっている。新一は、ちょっとばかり気恥ずかしくなって頬をうっすらと染めてしまう。
そっと、紙袋のなかからお守りを取り出した。
「………ナニコレ」
「見ての通り、安産祈願だよ。やっぱ、必需品でしょ」
いっくら安産だから問題なしってあってもさ、新一は安産体型じゃないし。初産における難産の確立もバカにならないものがあるし。マタニティーブルーっているのにも当然かかるだろうしさ。 やっぱ、安産祈願のお守りはなくてはならないものだよ。
なんてつらつら並べ立てる快斗に、お守りを握る新一の手は震えてしまう。
「オマエ…安産以前の問題があることがちゃんとわかっているのか?」
「もちろん」
疲れたように尋ねた新一に、快斗はしっかり大きく頷いた。
「だから、オレの今年の抱負がひとつ増えた。早速帰ったら、みっちりじっくりと子作りしよっか」
03.01.01
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