月の光に赤く煌きながら、夜風に舞っていく欠片。
それを見つめながら心を過ぎるのは、去来するだろうと予測していたどの感情も当てはまらないものだった。

『オレが生まれた日に仕事ができるなんて、オマエはスッゲェついてる。誕生日ってのはこの世に生を受けた奇跡の日だからな。オレの最高の幸運を、オマエに全部くれてやる』

感謝しろよ、と続けられた高飛車な言葉。
もしかして今度こそ、と期待するたびに墜とされてきた失望の淵。
今回もそれを抱いたことを見抜いていたひと。横柄な態度の裏に隠された、やさしい心遣い。
そして、渡されたモノ。

『ホラ!コレ持ってけ。ま、意味は似たようなもんだから役にたつだろ』

スーツの胸ポケットに無理やり押し込んで、彼は満足そうに微笑んだ。
思い出すのは、つい数時間前の出来事ばかり。
白い姿は罪の証かもしれないが、それでも自分にとっては敬愛する父に一番近い場所にいると思えた。そして、生きていく上で決して切り離すことのできない自分自身の一部だと。
それなのに、全てが終わってしまった空虚感より。事を成し遂げてしまった喪失感より、大切なものが遠ざかっていく寂寥感より。ただ、胸の奥から沸き起こってくるのは楽しくて幸福な想いの数々。
よもや、こんな穏やかな気分で最後の刻を迎えられるなんて思ってもいなかった。
"安産祈願"のお守りを取り出して、つい笑ってしまう。

「いつだって、希望を生み出してくれたのは貴方」

事の成就の願掛けではなく、希望を失わないように、いつでも見出せるようにと願いを込めたのだろうけれど。本当は自分には必要のなかったもの。
それでも伝わってくる心がすごく嬉しい反面、お守りに対してちょっとばかり申し訳なさを持ってしまう。

「それではお礼に、本来のイミで使われるようにしてあげないとね」

クスッと笑むと、ひらりと鉄柵の上へと移動する。

「頑張って子作りするか。なんと言っても今年の抱負だし」

柵を蹴って宙に身を踊らせ、落下する前に翼を広げた。
向かってくる風をはらんでふわりと舞い上がり、闇のなかへと突き進もうとした瞬間。


―――ソレガソナタノノゾミカ――ワカッタ―――


夜風が囁いたかのような、そんな声が耳に届いた気がした。









LUCKY FORTUNE
―前編―









稀代の名探偵はイライラとした感情をそれはキレイに押し殺して、目の前の男をすっと指差した。

「犯人はあなたですね。ボクの解いたトリックによって、アリバイが崩されるのはあなただけですから」

嫣然とした微笑に、男はがくりと項垂れ駆け寄ってきた警官らに拘束される。
容疑者とされた人たちや深夜に駆りだされて疲労の濃い警察関係者は、皆一様に終わったことにほっとした。
ただひとりを除いて。

(くっそ〜!!なんでこんな日に殺人なんか起こしやがるんだ!今日は絶対にアイツを出迎えてやりたかったのに!!)

出掛けになにやら不穏な気配を漂わせていた恋人を思い出して、新一はその場で地団駄を踏みたくすらなってしまう。
仕事前にマイナスにしかならない思いに囚われていたから、新一なりに一生懸命励ましてやった。笑って出かけていったし、元々強靭な精神をもっているから多分大丈夫とは思うが、それでも心配するのは当前だ。

(もう一時過ぎてんじゃねぇか!どうしてくれんだよっ!もう絶対に間に合わない!)

本日の予告時刻は午前零時。逃走やら確認やら後始末やら色々雑事があったとしても、手際の良い快斗ならば帰宅する頃である。
心の中で盛大に文句を言いながら、とにもかくにもさっさと帰ることにする。

「目暮警部、ボクはこれで失礼しますね」

犯人をパトカーに押し込んでいた警部に背後から声をかける。と、手錠をかけられた男が顔をあげて目を合わせてきた。

「さすがは、美少女探偵だな…負けたよ…」
「……は?」
「……ま、無能な警察よりも、あんたみたいな美少女に捕まったってほうが、ずっとマシだがな」
「……は?」
「じゃあな、美少女探偵のお嬢さん」

パタンと警部によって車のドアが閉められて、パトカーは発進した。それを見送って、固まっていた優秀な脳が活動を再開する。

(…はっ!オ、オレとしたことが!こんな攻撃もかわせないなんて!くそっやられた!)

そりゃあもう、新一にとっては犯罪を暴かれた犯人からの罵詈雑言は日常茶飯事。しかしながら、このような手段に出られたことは今だかつてなかった。

(むかつく〜!なんって嫌味を言いやがるんだ!そりゃ、母親似の女顔ってのはさんざん言われたけど!だからって…!)

「く、工藤くん?あの、帰るのなら送っていくが…?」
「え…はい、お願いします」
「そ、そうか。ではちょっと待っていてくれ」

抑えきれずに滲み出た怒気に気圧されながらそそくさと警部が去っていく。入れ替わりに佐藤刑事がやってきた。

「ご苦労さま、工藤くん。はい、コーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます、佐藤さん」

コーヒー缶を受け取りながら、新一はぺこりと頭をさげる。
すると、いつもなら姉さん的な和やかさで雰囲気を明るくしてくれるはずの佐藤刑事が、神妙な顔をしながらジッと新一を見つめてくる。

「佐藤さん?どうかしましたか?」
「あのね、工藤くん。あなたはもうとっくに花も恥らう年頃なのよ。いつまでもそのままじゃあ、いけないわ」
「……は?その、まま…って?」

何か自分はおかしいのだろうかと、首をかしげると。佐藤刑事は耳元に口を寄せて、こっそりと告げた。

「やっぱりブラジャーはすべきよ。いつまでもノーブラだとマズイと思うの」
「…………は?」
「それにもっとかわいい格好もしてみれば?男装で通すにはもうムリがでてきてるし、あなたが美少女探偵だっていうのは周知の事実だし」
「……………………………」

さっきよりずっと長く固まっていた新一の脳は、冗談の欠片もない佐藤刑事の視線で活動を再開する。

(……そういえば、さっきからナンだか…ヘンなふくらみがあるような…気がしてた…けど……それにっそれに…っ)

恐る恐る目線を下げて、新一は自分の胸元をそっと見た。それにマタの間もさっきからナンだかヘンな感じがあって……。
じんわりと嫌な汗が背中を伝って落ちていく。

「佐藤さん!すみませんけど、先に車をだしてもだえませんか?」
「あら、ゴメンなさい。じゃあね、美少女探偵の工藤くん」

新一の送迎係りの高木の車の前に止めてしまっているスポーツカーを、佐藤刑事は慌てて退かしに行った。
だが、新一はろくに返事などできずに呆然としたまま。

(で、でも…ま、まさか…そ、そんなことが…っ?!)

"そんなことが?!"と言うような在り得ない現実を身を持って経験しているとはいえ、新一は簡単に認めてしまうわけにはいかない。

(そ…そうだ!コレは夢だ!オレ、どっかで頭をうって夢現の状態なんだっ!そうだ、そうに違いない!!)

だって、どう考えてもおかしいのだ。
恐慌に陥りながらも、どこか冷静な新一の頭が現状を分析する。

(もし仮にオレが本当に…オ○ナになてしまった、として。それなら、まずオレがオ○ナになっていることを驚くよな?!そうだ、そうだぜ。なのにいきなり美少女探偵とかブラジャーをしろだとか、そんなことあり得るはずがないっ!)

「工藤!」
「工藤さん!」

ざわりと、周囲の警官らがざわめいたかと思うと、黄色いテープを引きちぎって乱入してくる二つの影。
二人とも手にはそれぞれ花束を持って、新一目掛けて突進してきた。

(なんていいところに!)

ギラリと新一の蒼い瞳が煌いたのにも気付かずに、ずいっと花束を差し出してくる服部と白馬の両探偵。

「誕生日おめっとさん!日付が変わるんと同時に家にいったけどおらへんから探したわ!ほんま、相変わらず美少女はんやな〜!」
「誕生日おめでとうございます!僕の美しいレディ!僕は服部くんみたいに傍迷惑な行為はしておりませんよ!現場に出られているのを知っていましたから終わるまで待っていただけですから!」
「なっ…出遅れたからって言いがかりつけんどいてやっ!」
「言いがかりだなんて!非常識さを明かされたからと怒らないでくださ――ぐおっっ!!」
「うぎゃっ!!」

新一の間合いに無防備にも踏み込んだ瞬間、黄金の右足の餌食となった。
ともに鳩尾を抑えて地面になつく。

「「く、工藤(さん)……な、な……」」
「何故だ…っ?!」

続く言葉は新一のそれにかき消されてしまう。
突然の暴行に愕然としている二人組以上に、愕然としている新一。その両手はわなわなと震えながら、胸の前で留まっている。

「ゆ、夢じゃないなんて…そんなこと…そんなこと…!」
(夢なら覚めるはずなのに!)

しかし、二人を蹴り飛ばした足は痛かったし、もっと痛かった二人は目に涙さえたたえている。

(夢じゃ…ないなら…やっぱりオレは…オ○ナ…になってる、って…?)

両手を自分の胸に引き寄せさえすれば、きっと真実はわかるはず。
だけど、新一はどうしても怖くてソレができない。それでも、絶対に白黒つけなければ気が済むはずもなく、つけずにはいられないのだ。
自分で確かめることができないならば、それなら自分以外に確かめさせればすむことで。

(こうなったら!快斗に確かめさせてやるっ!)







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