瞬間。
視界に広がったのは、真っ赤な闇。




衝撃に、身も心を凍てついてしまう。




目の前の出来事が信じられない。

引き起こしたのが自分であるとわかっているからこそ、余計に。




固まった空間。

同じように硬直した身体。




もう何も考えることができずに、呆然と佇むだけ。

このままここで全てが終わってしまう――――そんな確定的な未来が脳裏掠めても。

身体からは力が抜けてゆき、指一本動かせそうにない。




けれど。




苦痛に顔を歪めながらも、強い意志を秘めたいつもと変わらない輝きを宿した瞳。
かち合った刹那、弾かれたように屋上から飛び退った。




ハヤク、イケ。




そう唇が形どったから。













whiteday ballade
















「……っ……!」

飛び起きて、夢と現実に境を見出そうとするのも何度目になるか。
じっとりと額に滲む汗をぬぐって、荒い息を整える。

あれからずっと見続けている赤い夢。

それは彼を失ってしまったかという恐怖であり、自分自身の罪深さだ。


後悔なんて、したことはなかった。
情動的な人間ではないから、いつも結果を計算して行動する。
怪盗としてはなお更のこと。
緻密な計画を立て、計算式で確定した答えを導き出すように動く。
だから犯罪に身を染めたのも、暗い闇に身を堕とす未来しか待ち受けていないのは承知の上。
どんなに蔑まれようと卑しめられようと、後悔なんてしなかった。

初めて心を動かされたヒトが、己と正反対の位置にいて。決して叶うべくもない恋だとわかっても。
黒く穢れた手を厭たことはない。

だが、初めて悔いた。
怪盗であることを。

あの夜の自分を。

それ以前の、彼に恋してしまった自分自身を。


好きになったのは怪盗と相反する探偵。
決して手に入らず叶うべくもないからこそ、穏やかな気持ちで想うことができた。
己の罪業に愛するひとを巻き込まないですむ。

そのはずだったのに。
彼に恋してさえいなかったら、少なくとも今回の事態は招かなかった。










春の気配を見せつつも、まだ肌寒い空気。
都会の喧騒からポツンと切り離された公園は、あたたかい日の光からも切り離されていた。
寂寥に満ちたところでは余計気が滅入る。それでも、つい足を向けてしまうのだ。

申し訳程度に作りつけられている古びたベンチに座って、隣接する白い建物をぼんやりと見やる。
垣間見える窓からはやけに大勢の人の姿が見えて、いつもよりもここに来た時間が早いのを思い出させた。

「そ…だよな…さっさと…フけて…きたんだっけ……」

心配する資格など自分にはないのに。





最近は何をするのも億劫だ。
今は春休みを含む期間設定だから、展示会には意外と目玉ものが多い。なのに、下調べをすることも可能性がありそうな石を探すこともしていない。
始終、目の前にちらつく赤に自分を責めさいなむことしかできなくて。どうしようもなく白い衣装が重荷でしかなくて。
あの日の自分を悔いるだけ。
そんな毎日。

かろうじて、罪深さに歪んだカオを隠すことはできたけれど。明るく陽気な仮面を被るのは無理。
あいつの高慢なツラを見れば、自分を制することも無理。
取り繕うことができない精神状態だが、学校に行かないワケにはいかなかった。
特に仕事の次の日は、何があっても。




「どうしたんだ?そんな辛気臭い顔してさ」
「白馬も来てないし、はりあいねぇよなぁ」
「なーんだ。白馬くんが欠席だから、さびしいのね」

周囲が勝手に判断して、理由をつけてくれた。
三つ隣の席はずっと空いたまま。
当然といえば当然だ。もし、のうのうと来たら殴らずにいる自信はなかった。




「ねぇ、快斗。何で白馬くん休んでるのかなぁ。もう3週間になるよ。今日、家のほうに行ってみない?」
今朝、空いたままの席を見て呟かれた言葉。
ゆるやかに首を振れば、幼馴染はむくれた。
「なによ、冷たいのね。でも、行くって決めたから快斗もちゃんと来るんだよ!」
腰に手を当てて諾しか受け付けないという彼女に、もう一度断りをいれる必要はなかった。
「オイ!これ見ろよ!大変だぜ!」
週刊誌を片手に教室に飛び込んできたクラスメイト。
見開かれたページに踊る文字に、誰もが息をのみ目を疑った。
そこに書かれていることに同情も憐れみもわかないが、伏せ名で書かれている人を思うと苦しくなる。
「この有名な探偵って…あの、工藤新一のことだろ?!」
誰もが当たり前のように思い至るヒト。
名前があがったのを引き金に、みんな口々に記事に対して話し始める。
こんな騒動がそこここで起こっていることは容易に想像ついて、居たたまれずに学校を飛び出した。





「……!」
茂みに隠れて見えないが、玄関付近が突如騒がしくなる。
普段は騒々しさとは無縁のところだから、異常ともいうべきものだ。
「嗅ぎ付けて…きたのか…」
騒動の渦中に巻き込まれざるを得なくなって、どれだけ心身を消耗させることになるのだろう。
それもこれも、みな自分のせい。


予告状を出さなければ。
ことさら、難解な暗号にしなければ。
彼に来て欲しいなんて。過ぎた願いを持ちさえしなければ。

ズボンのポケットから、いつも持ち歩いているものを取り出す。
白かったそれは、大部分がシミのために元の色をなくしている。



何より。
台無しにしてしまったハンカチの詫びをしようだなんて考えさえしなければ。



引き起こさずに済んだのに。






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02.03.22

   


  ■first love




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