絶望的な恋。
決して叶うことのない、恋。






それこそがオレの望むもの。













christmas carol













「……さむ……」


言葉とともにもれた息は、白く色づく。
夜中の屋外。
しかも、地上がはるか下に見える吹き曝しの屋上は、殊更冷える。




後ろ手で静かに重い扉を閉めると、自分だけの空間になる。
下界の喧騒も、どこか遠いものになって。
隔絶された世界で、ただ独りの感覚。


誰もいないということが心地いい。
寂しさも、悲しさもない。
聖なる夜に一人ぼっちでも。


どうしてか、クリスマスには恋人同士で過ごすことが慣習になっている。
一年に一度だけの、特別な日。
今ごろ、多くのカップルがあたたかい部屋のなかで仲睦まじく過ごしているはず。
想いを通わせている、その証として。




きっと、誰より愛しいあのひとも。





「誰だろうな……名探偵の好きなひとって……。やっぱり幼馴染の子かな…」


自分の誕生日を忘れるようなひとだから。
恋人たちの最大のイベントであるクリスマスなんて、きっと頭にはない。
けど、彼のパワフルな幼馴染にパーティーを催してもらって、楽しいひと時を過ごしているだろう。
容易に思い浮かぶ光景に、微笑む。







ポン!
「あ…」
手元から放物線を描いて飛んでいったものは、そのまま視界から消えていく。
まずいと思っても、もう遅い。
軽いコルクだし、多分大丈夫だろう。
ミスはさっさと忘れるに限るから、その行方を考えることはやめにする。

パチン。
指をならすと、鉄柵上にシャンパングラスがひとつ現れる。
琥珀色の液体を注ぎ、瓶をその横に置く。


微かな音を立てて、出てきては消えていく気泡。


泡はいくつもの出会い。
彼の人生のなかでは、通りすがりにしか過ぎないもの。
瞬く間だけ、彼の瞳に映り消えていく存在。


自分もその中のひとつ。


それでいい。


刹那、彼の瞳に見詰めてもらえただけで十分。
そして、ずっとこのまま彼を想い続けていられることも。




こんな幸せな気持ちで恋することができるなんて。
思ってもいなかったから。




白を纏った日、すべてを諦めた。
自分のための正義でも、それは罪に変わりなく。
これから犯す幾つもの業に誰をも巻き込まないことを、強く誓った。




決して、誰をも愛さないことを。
固く心に刻み込んだ。




愛したひとにだけは、自分を偽ることなんかできないから。
心を分かち合えば、犯した罪をも分かちあってしまう。


苦しめ、傷つけることしかできない。
心に重荷を抱え込ませ、己の暗闇に引き摺り込む。


自分の罪業を背負わせるわけにはいかない。
例え目的を達成できたとしても。
捕獲不能な怪盗を演じた以上、一生秘めていかなければならないこと。
断罪されることなんか、許されていない。
そんなことで許されたいなんて、考えてもいない。




だから、恐れた。
いつか誰かに恋する日がくるのを。
捕まることより、命の危険より。
そのことだけを只管に恐れた。






自分を動かす感情には忠実だ。
怪盗になる道を選んだのだって、それのせい。


心に"誰か"が住みついてしまうと、感情のまま欲しくなる。
どんなに戒めたとしても、止められないことは必然的。




幼いころから異常に高すぎる知能のせいで冷めていた。
子供らしい欲求なんかなく、何かに興味をもつということもなく。

もちろん、誰かに興味をもつことも。

でもそれは、冷めていたのではなく飢えていただけ。
心を満たしてくれるものがなく、求め続けていただけ。



心を突き動かすほどの衝動に出会えば、欲しくなる。
飢えていた分だけ、何があっても欲しくて欲しくて堪らなくなる。



想う心を伝えたくて。
犯罪者という足枷だって、役に立たないだろう。
少しでも好意を見せてもらえば、きっともう止めることはできない。

僅かでも、受け入れてもらえれば。
絶対に手放したりはしない。


そして、愛する人を苦しめる道を選んでしまうのだ。





禁じても無駄だとわかっていたからこそ。
求め続けた感情にとらわれる瞬間を、何より恐れた。








恐れたことが現実になるのに、そう時間はかからなかった。









「ここに、立ってたんだよな」


夜風に曝されても、小さな身体はひるむことなく。
眼差しは闇を切り裂いて。




その、蒼い瞳に貫かれた心。
探しものがみつかった刻。




あんなに恐れていたのに、先に続く未来に怯えることはなかった。




強く、清浄な光を宿した瞳には、薄ら汚れた犯罪者にしか映らないことがわかったから。




探偵。
しかも、"名"探偵。


相容れない関係。
敵対する、関係。


想いを伝えれば、嫌悪されることは間違いない。





ほっとした。
どんなにあがいても、絶対に手の届かないひとであることに。心底、喜んだ。
愛するひとを苦しめないですむから。己の罪に巻き込まないですむから。
自分では戒められなくても、愛するひとが戒めてくれて。




想いを通わせられるなんて、天と地がひっくりかえってもあり得ない。
絶望的な恋。
決して、叶うことのない恋。




だから、想うことだけで心を満たせる。
苦しい辛い恋ではなくて、ただ純粋に恋することができる。





聖夜に。
初めて出逢った場所で、ただひたすらに想いを馳せることができる幸せ。


世の恋人たちのように、共に祝杯をあげることはなくても。
クリスマスに愛しいひとのことだけを想って過ごせるのだ。



「乾杯」



グラスをかかげて、あの日の面影に。そして、今の彼に。



「どうか、幸せでありますように」



祈るのはそれだけ。


街にはクリスマスを祝う賛美歌が流れているけれど。
自分が歌うのは、彼の幸せを祈る歌。



せめて聖なる夜だけは。
罪に汚れた者だとて、愛するひとの幸せを願うことくらい許されるだろうから。



そして。







「……愛してる……」








想いを口にすることも。








end
01.12.24



next valentine rhapsody
   


  ■first love

たまにはこんなのもいいかなぁ〜と。クリスマスなのに幸せな話でないから怒られそうですけれど。でも、快斗にとっては幸せなのです。たぶん。
このお話は、今まで書いた話のどれかの、恋人同士になる前の快斗なのです。一応、そのつもりで書きました。
どれ、と言わないところがセコイですが。ちょっとばかりどうしようかと悩んでいるというか考えていることがありまして。
とにもかくにも、その後はラブラブしているのです♪






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