夢に見るのは、いつも同じ。






背中。
自分に向けられる、背中。




取り残されて。
苦しくて。
胸を鷲掴む。



何か、叫ぶ。
言葉にならない、声。
背中を見たくなくて、必死で。



けれど、絶対に振り向かれることはなくて。
いつまでも、いつまでも、見続けるだけ。





その背中が、小さくなって、消え去るまで。












Hey, darling! 













小鳥のさえずり。
あたたかな陽光。

そんななかで目が覚めれば、さわやかな気分になる―――のであるが、新一は実に不快で気だるい朝を迎えた。

「………何時…だよ……」

重い頭を抱えながら、盛大にため息をつく。
手にした時計は8時を指している。休日の起床時刻にしては早い時間だ。

「……なんで、たった4時間で目が覚めるんだよ」

時計を傍らに放り投げて、もう一度寝なおそうと布団を頭から被った。



自宅に帰ってきたのは4時近く。
疲れていたからすぐにベッドに横になったけれど、眠ったのはもっとずっとしてから。
それはもう悔しくて悔しくて。いくら体が疲弊しきっていても昂ぶる気持ちが、大人しく眠ることを拒否していた。

昨夜は。
気障で目立ちたがりやの怪盗の予告日だった。
とてつもなく難解な暗号に、警察は新一に泣きついてきた。
二つ返事で引き受けたものの、浮き立つ心は抑えられなくてどれだけ解読を楽しんだか知れない。
もちろん、怪盗に相対できることにも。


お節介焼きの怪盗。
頼みもしないのに手を貸してきた怪盗。
影のように寄り添って、空気のように当たり前にそこにいて。


だからといって、予告状を遂行しようとするのに黙っていることも見逃すこともしない。
新一はどれだけ借りがあろうと自分のスタンスを変えるつもりはなかった。

怪盗と探偵。

立場にこだわっているのではなく、自分の本気をぶつけられる相手だからだ。
探偵として、その能力をぶつければ、怪盗としての能力をぶつけてきてくれるから。ちゃんと本気で相手をしてくれるから。
それでも、新一は恩知らずではない。
怪盗と探偵の勝負は勝負として。それとは別の次元のこととして話を切り出したのに。
それなのに、怪盗は。


「私は、自分がやりたいことしかしませんよ。もちろん、あなに恩を売ったつもりもありません。せっかく復活されたんですから、余計なことに頭を悩ますのはおやめなさい」


面白そうに笑いながら、やんわりとした拒絶。
怪盗までして達成したい目的を"余計なこと"と言った挙句に、嗜める言葉。

そして、さっさと新一に盗んだモノを返して、背を向け。


「では名探偵、今宵はこれで。次はもっと楽しませてくださいね」


軽やかに宙へと身を躍らせて、去っていった怪盗。

残された新一は、その後ろ姿が痛いくらいに目に焼き付いてしまった。






怪盗が背中を見せたのは…去っていく姿を見せたのは初めてのこと。
それに、今回はオマエの負けだと宣言されたような去り際の言葉。

新一は自分が負けず嫌いだということを十分に承知している。
今まで、誰にも負けたことなどない。
自分の背を見せ続けてきたが、誰かの背を見たことなどなかった。
実際的なことにしても。
置いていかれるのは、嫌い。
それはきっと、忙しくて新一を残して行った両親のせいだろうけれど。
誰かの見送りに行っても、家に帰るために別れるときでも。
取り残されることが嫌だから、絶対に自分が先に背中を向ける。


「……なのに、アイツ……さっさと帰りやがって……」

だから、いつまでたっても悔しくて眠れなくて。あんなヘンな夢まで見なければならなくて。

新一は布団のなかで独りごちる。
懸命に目を瞑っても、怪盗の背中がちらついて悔しさがぶり返してくる。

「覚えてろよ、コソ泥め!次は絶対にオレが勝つんだからな…!」





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01.12.15 

 


  
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