自分がひどい身勝手な人間だと、わかっている。








まだ、彼へと手を伸ばしてはいけなかったことも。
近づくことさえ、してはならなかったことも。




その結果、どれだけ苦しめて眠れぬ夜をおくらせたか、も。







わかっている。







彼の望みも。






怪盗である辛さ、苦しさ。
目的、その戦いすらも。
分かち合う、ということ。






ひたすらに願っていることを。






わかっている。






「手伝いたい」

言葉よりも、雄弁な瞳。
いつだって見てみぬフリばかり。





卑怯な、自分。






そして、もう一つ。
共に暮らすようになって、わかったこと。





月のない夜は、何の憂いもなく深い眠りにおちる。







だから、その日に決めた。












どこまでも自分勝手で、我侭なオレ―――――。




























最後の我侭・2  

















いつかどこかで見た光景。


それが何なのか、新一は思い当たる。
「快斗のヤツ…」
「これは!!浮気ですねっっ!!」
暗雲を背負っていたのもどこへやら、白馬は目の前の光景に得意がって叫びだす。
「日ごろから黒羽君は多情な人だと思ってましたが!!なんてことでしょうっ!工藤君をふ…っ……ッう?!」
「何だ?オレを、快斗がどうしたって?」
「あ…っ、いや……その…っっ」
先ほど以上に冷ややかな瞳に睨みつけられて、だらだらと冷や汗をたらして硬直する。
(オレがフラれたって?フン、そんなバカなことがあるかってんだ。そんなことより、快斗のヤツ)


通りからよく見える位置で、女性とお茶を飲んでいる。
少しばかり前に、新一がしたことだ。
(マジシャンのクセにオリジナリティがないってのは問題じゃないか?)
快斗に、浮気していると見せつけることで慌てふためかそうと企んだ。
それと同じことを、今度は快斗がしている。



(でも、生憎と。オレは引っかからないからな!)
信号が青に変わったが、新一はその場に立ち尽くしたまま考える。
(きっと怒って割り込んでくるって思ってんだろうけど、その手にはのらない。どうせ、自分を信じられないのは"愛"が足りないからとか言って、ベッドに直行するのは目に見えてるし!)
同じ轍を踏まない。
先ほどから何度も頭を掠めていること。
(あの時、快斗はにこやかに話に加わってきたんだよな。そして、オレをのけ者にして話始めて…)
思い出せば、ちょっとだけむかむかくる。
(ダメだ。オレは快斗みたいに口が上手くないから、話の主導なんて握れないし。のけ者にして妬かせるなんてできっこない)
唸りながら、しっかりと腕を組む。


(ちょっと待て。快斗はどうしてまたこんなことを?もしかして、オレが浮気〔していると思わせる〕相手を見繕っていたのを知ってる?!それで、先手を打ってきた?)
勘の鋭さも、隠し事を見破るのも快斗のほうが一枚も二枚も上手。
企みを見抜いて逆手にとり、仕掛けてくることくらいするだろう。
(丁度いいじゃないか!こっちこそ、逆手にとればいいんだ!)
自分が仕掛けたことじゃないから、少なくとも妙な言いがかりは付けられることはないと新一は判断する。
(浮気している――そう思い込ませたいんだから、平然なカオして行けばいいんだよな。いや、でも……オレが妬かないとなると、ナニを言い出すか……。人前だろうと恥ということを知らないヤツだし)
どういう女性かはしらないが、第三者の前で痴話喧嘩じみたことは御免である。


(そうだ!このまま帰ろうか。そしたら快斗、焦って帰ってきて謝り倒す……ワケないか。でも、いい手かもしれない。"女の人と楽しそうに話してたから邪魔したら悪いと思ったから"とか……あ、女の人ってのは禁句だな。"それで帰ったのか"って納得するし。楽しそうってのも、"そんなふうに見えたんだ"とか言って揚げ足とられる。そうそう!オレが揚げ足とればいいんだ!)
ぽん、と手を打つ。
(ちろっと悲しそうな目で見て、余計なことは言わないで。そしたら、快斗は思い通りじゃないからビックリして"なんでそんなに悲しそうな目をしてるの?"なんて聞いてきて!"悲しそう?そんなふうに見えるってことはオマエに心当たりでもあるのか"…って!よし!)
組んでいた腕を解いて、ファイティングポーズをとる。やる気満々と漲らせていたところに。
クスクスと、柔らかな声が届いた。


「へ…?」
新一が顔をあげれば、そこには肩を震わせて笑っている快斗がいるではないか。
「か、快斗っ?!なんでっ?!あそこでお茶飲んでただろっ!!」
「いや〜、新一くんの百面相がかわいくってさ。もうお終い?」
「………いつから、ここにいた?」
「青に変わったのに、新一くん渡ってこないからさ。どうしたのかな〜っと思ってね」
ということは、新一がここに来た時から気付いていたのだろう。
せっかく練り上げた考えが無駄どころか、快斗の策に嵌るしかない現状である。
(どうしよう!これじゃあ快斗の思う壺か?!いや、でもコイツ一人だし…)
「あの女の人は?!」
「女の人?ああ、だからこんなとこで悩んでいたんだね」
(しまった!!)
後悔しても、すでに手遅れ。



















始まる前と、その後は、色々思う。

ゆっくり休みたいからしたくないとか。
いつまでたっても離さないからイヤだとか。
自分の体力でコトを進めるからついていけない、とか。
みっともない姿をさらして恥じ入ったり。
いつまでも冷めない熱に、浅ましい気持ちになったり。



けど、最中はというと。

本当は大好きな時間だって、認めている。
唯一、この腕で快斗を抱きしめていられる刻だから。
いつもいつも、目の前から消え去ってしまいそうな希薄さがあるから。
KIDとして相対していたときの名残は容易に無くならない。


しっかりと背中に腕をまわして。
どこにも行かせないように閉じ込められる時間。


怪盗であることさえ、忘れられる大切な時間。
















RRRR。


「……な…に……?」


RRRR。


気だるく重い瞼を上げる。
薄暗闇の中で光っているものに、無意識に手を伸ばす。
握り締めると、それがコードレスホンだとわかる。

RR…プッ。

「…はい…もし…し…?」

掠れる声で出る。
大抵は警部からだから、闊達な大声が届くものと思っていると。

『よく聞いてちょうだい』

冴え冴えとした、女性の声。
とても不思議な響きがあって、新一のぼんやりとした頭を少しだけ覚まさせる。

「…え…と…快斗…に…?」

数えるほどしかいない女性の知り合い。そのなかの誰のものでもないとすると、自分に掛かってきた電話ではない。そう思って返すと。

『いいえ、あなたによ。彼が傍から離れるのを待っていたの。しっかりと聞いて』

僅かに苛立ちを含んでいて、でもどこか縋るような感じ。

『今夜は、絶対に彼から目をはなさないで。いい?絶対よ』
「あの…?どういう…こと…?」
『彼は私の忠告を聞き入れなかった。だから、あなたが引き止めて』

再び問い返す間もなく、電話は切れた。
その途端、視界が真っ白に染まる。

「あ、新一。起きたんだ」

点された明かりに目を慣らしていると、あたたかな手が髪を梳いてくる。
そして、手の中のものを取り上げられる。

「電話?どこから?」
「…しら…ない…ヘンな…こと言ってた…」

心地よくて、新一は再びまどろみのなかへと落ちていきそうになる。
酷使された体は休息を求めていて、鈍っている頭ではまともにものを考えられないが。

「何て?」

俄かに快斗の口調が強張ったような気がして、懸命に瞼を開けた。
見つめてくる新一に、快斗はいつものようにやさしく微笑んでいる。

「…女の、ひと…」

ぽつりと呟く。
それに快斗がどんな反応を示すか。見逃さないように、必死に目を瞠って。

「女?女がどうしたの?」

けれど、快斗は首を捻っているだけで何ら変化は見出せなかった。




―――――今夜は、絶対に彼から目をはなさないで。




「快斗、電気消して」
「ん?真っ暗になるよ」

そう言いながらも、明かりを消してベッドサイドへと戻ってくる。
まだ、宵の口。
部屋を暗くしても、周囲の家々の光のせいで真っ暗闇にはならない。

「それで?新一くん」
「こっちこいよ」
「うわ!…って、なんか積極的〜」

腕を引っ張られてバランスを崩しながらも、新一を潰さないようにベッドへと横たわる。

「ご飯できてるけど?」
「いい、もう少し寝る」

快斗の頭を抱きこんで、新一は目を閉じた。



(今夜は新月………だから、快斗はずっと傍にいる………どこにもいかない…)



もう数時間もすれば、それこそ光の差さない闇になる。
闇の時間は、怪盗の活動領域。

けれど。
月のない夜だけは、怪盗は沈黙したままだから。





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01.12.04  


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