瞬間、圧倒された。
真っ直ぐに逸らされることなく見つめてくる眼差し。
射抜かれて、思い知らされた現実。
探偵と怪盗。
そして、己の欲望。
恋 心 3
誰にも何にも、心を動かさない。
信念を貫くための決意ではなく、それだけの余裕がなかったから。
陽気で明るく青春を謳歌している仮面を被り、人々を欺く。
隠匿しているのは犯罪者の正体だけではなくて、必死に足掻いて生き抜いている姿。
目の前にある目的だけしか見えなくて、命がけの闘いを続けて。
常に危険に晒されているせいで、いつしか死に対して感覚が鈍くなってしまった。
死を恐れないことは、生への執着が希薄だということ。
生を諦め、立ちはだかるうねりに身を任せてしまっている状態。
愕然とした。
それは、己の闘いにすでに敗北していることを示していたから。
あまりにも強大な敵に、勝負すら放棄しているようなもの。
敵わないまでも、せめて一矢報いたいだなんて。何時の間にか、弱気と絶望に取り付かれていた。
情けなくて。闘い方を見失って、途方にくれて。
そんな時に出逢ったヒト。
小さな小さな手は、懸命に生を掴んでいた。
眩いほどに生命力に溢れ、命あるものの美しさを見せ付けられた。
最初は、興味本位だった。
白い衣装を初めて身に纏った時の自分の姿を見ているようだったから。
闘いに勝利することしか頭にはなくて、目的を達する未来しか見えていなかった頃の自分に。
小さな手ではできないこともあるのだと。そんなことに失望しないように。
あまりにも大きな敵に敵うべくもないのだと、絶望しないように。
自分と同じ道をたどらないように。
見守っていけたらと、そう思った。
けれど、守ってもらったのは自分の方。
子どもの形ではできることなど限られているのに、無謀だという言葉は持ち得てなくてひたすら真っ直ぐに突き進んでいく。
生きること、闘うことがどういうことかを教えられた。
自分の信念を貫くためにはどれだけの意思と決意を要するかも。
白い衣装を纏った時の、高揚した気持ちを思い出すのにそう時間はかからなかった。
未来を切り開くのは自分自身の手だと、信じて疑わなかったあの時。どれほどの敵を前にしようと自分の正義を貫くことを固く誓った。
誓い直して。もう一度立ち向かう力を分けてもらった。
そして、気づいた心の裡。
敵の真っ只中に、危険も顧みずに飛び込んでいった彼。
差し迫った危機に際して、絶対に失えないのだと思い知らされた。
恋しているからこそ、命にも代えがたい存在。
とうとう自分と同じ壁にぶつかってしまった彼に、手を指し出した。
恋に気づいた心はどこまでも貪欲で。絶望している彼に、チャンスを得たことを図らずしも喜んだ。
「オレが名探偵の手となり、足となろう。もちろん、名探偵にオレを使いこなせるだけの力量があればのハナシだけどな」
挑発を滲ませれば、絶対に彼はのってくる。しかも、一番弱っているところに漬け込んでいるのだから受け取らないはずがない。
相容れない正反対の位置に属するにも関わらず、傍にいる口実を手に入れた。
掛けられる声。
見つめてくる瞳。
触れ合う肌。
何もかもが経験したことのない感覚をもたらした。
心地よい充足と、果てなく溢れ出る想い。
馴れ合いはしなかったし、探偵と怪盗である立場を崩しはしなかったけれど。どれだけ彼が自分に心を許してくれているかはわかった。
まるで夢のような日々。
彼のために何かできるということが嬉しくて。共に闘っているということが嬉しくて。
日常でも垣間見せるほどに、浮かれまくっていた。
「最近どうしたんだよ?やけにゴキゲンじゃねぇか」
「もしかして好きなコでもできたのか?」
「それでうまくいってるとか?」
感情なんて悟られたこともないのに、級友たちにはしっかりとバレた。
仮面の下でのことは、どんな些細なことであっても誤魔化すなりしらばっくれたりするのに。そんなことも思い至らないくらい、手に入れた幸運に酔っていた。
けれど。
"夢"には必ず目覚めがともなうもの。
夢見た自分の愚かさを知った刻。
それは、真実の彼に出逢った瞬間。
いつまでも続くはずがなかった関係。
「利用できるものは何でも利用すればいい」
そう言ったのは自分自身。
彼との関係は己を手段として利用するためのものだとわかっていたはずなのに。どこで勘違いをしてしまったのだろう。
信頼されて、笑顔を向けてもらって。
ずっと彼は自分の腕の中にいてくれるのだ、と。
舞い降りたビルの屋上で待ち構えていた彼は、もう小さな手をしてはいなかった。
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02.03.14
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