その一瞬で、世界は別のものへと変わった。
恋の檻
身を切る秋の風の凍えに、新一は身体を小さく震わせた。もう少し厚着をしてくるんだったと、今更ながらに後悔してしまう。うっすらとかいた汗が冷えてしまったことも原因のひとつだろう。
しかし、それもあと少し我慢すれば何とかなることを、新一は知っていた。だから、寒くても別に構わなかった。
寒ければ寒いほどに、暖めてくれるだろうから。
(その代わり、煩いくらいに心配するんだろうけどな)
苦もなく浮かんだその姿に微笑して。
―――ほら。
ふわりと優しい風が、すぐ傍に舞い降りては自分を包み込んだ。
「冷え切っているね」
「………快斗」
呟いて、新一は身を背中へと預けた。
触れる白の布地は、夜を翔けた冷たさを伝えているけれども。
前に回った腕の強さが、合わされた頬の温もりが、寒さから守り暖めてくれる。
「どうしてだろう。俺が何度も言っているのに、新一はいつも、自分を大切にしようとしてくれない」
それは俺を心配するお前が嬉しいからだと、胸中で独りごちながら、新一は口端を柔らかく持ち上げた。
「バーロォ。俺はそんなにヤワじゃねぇよ」
「でも、この前―――」
「それより。怪我は、してねぇよな?」
腕の中をくるりと回り、新一は快斗に向き合った。彼がいつも自分にするように、頬を包んで目を覗き込めば、快斗はくすぐったそうに笑う。
「もちろん。かすり傷もないさ」
それに、『俺』は新一のものだしね? 頭を軽く傾けて、おどけて言う快斗。
「そうだ。お前は全部、俺のだからな。所有者に隠れて、怪我とかすんじゃねーぞ」
新一はくすくすと笑って、手の中のものをそのまま引き寄せた。
合わさる温もりに、重なる吐息。
ビル風の音も何もかもが消え、感覚は、触れ合っているところにだけ集中する。
閉じられた瞼。けれど、もう一方は―――
「………キスをする時は、目を瞑るのが礼儀じゃないのかな?」
そっと距離を開けて快斗が問うと、対する新一は。
「それは嘘がばれないようにする時だけだろ」
お前は、俺に嘘を付く必要があるのか?
「全然」
「なら………目を開けたままでも、構わないだろう?」
今度のキスは、蒼と紫紺を絡めたまま、深く交わっていった。
そう。
一瞬でも、自分から視線を逸らすことは許されない。
決して許さない。
―――ゾクリと、した。
全身が粟立っていくのを感じる。身の内から溢れ出るのは、恐怖だろうか、歓喜だろうか。まるで訳の分からない感情が、嵐となって吹き荒れる。
震えは瞬く間に指先まで駆け巡り。
心は、手もつけられないくらいに動揺し。
呼吸すらままならなくなりながら、それでも、目は釘付けとなってソレを凝視する。
黒と白のコントラスト。
夜の闇と、衣装の白と。遠く離れた月の輝きが作り出す光景は、冷たさと寂しさだけしか感じられないのに。
「こんばんは、名探偵『工藤 新一』さん?」
穏やかに微笑む、彼の。
細められた紫紺に、何もかもが払拭され。孤独な空間が温もりと優しさに彩られていく。
そして生まれたのは、ひとつの感情と確信。
「……お前は?」
「私の名は、『怪盗キッド』」
―――絶対に捕まえてやる。
|