月を見上げて



先程まで雨が降っていたから、大気のチリは流されて。少しの湿り気を帯び、ほんのりと冷たく澄んだ風が、頬に心地よい。

「寒くない?」
「……寒く、ない」

白のマントが、優しく包み込んでくれているから。
今夜の月、すごく綺麗だと思わない? 空を舞って現れた快斗が、自分に言った最初の言葉。だからさ、すぐに帰るのはもったいないから、お月見してから帰ろう?
追われている身であることを自覚していないようなセリフに、新一はため息を付きたくなったのだが。そんなことを言い出すくらいだから、追っ手はしっかり撒いたのだろうと思い、しぶしぶ承諾した。

快斗は、本当に月を見たそうだったから。

新一はそっと顔を伺った。一心に空を見上げる快斗は、何を思っているのだろう。月の輝きが、彼の紫紺に映し出されている。月しか見ていない。きっと月しか、今の彼の意識にはない。そんな快斗、見たくない。新一は、後ろに向き直って彼に口付ける。

「新一?」

合間に囁かれる名前。それすらも飲み込むように唇を塞ぐ。手が自分の頭と背に回されるのを感じて、ようやく安堵した。


快斗の心を奪う月夜の仕事。早く終わってしまえばいいのに。


 


  
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全て愛しき日常風景14話。
お仕事帰りのデート編。月には嫉妬を覚えているけれど、快斗の願いは無碍にはできない新一さん。案の定、月に奪われた恋人を力づくで奪還へ。
新一の心情を思うととても切ないけれど、月明かりに浮かぶふたりの姿はさぞ美しいだろうなぁと思ってしまいました。








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