ほのかにかおってくるのは、神社前に陣取る屋台の匂い。
薄暗くなった空と、眩しい位の裸電球の明かり。





03’ 1/2





「おぉ、見て見て新一、屋台がいっぱい」
「お参りがすんでからな」
予定通り、元旦を避けて翌日の2日。
元旦よりは少ないといっても、やはりまだまだ人込みは多く、神社までの一本道は大いに賑わっている。
それでも、人酔いをするほどではないので、人波に沿って、歩いて行く。
一本道を抜けて、30段ほどの石段を登ってこぢんまりとだが提灯明かりに照らされてひっそりとそびえる神社の前まで辿り着くのにそこまで時間はかからなかった。
「新一はなにお祈りするか決めた?」
「学業成就」
「・・・夢がない」
「るせえ、そういうお前は何なんだよ」
「新一とよりいっそう幸せな一年を過ごせますように」
「馬鹿じゃねぇのか」
「ひでー!そこまで言わなくても良くない?」
・・・そんな低度の低い戯れをしていたからかもしれないけれど。

お参りが無事済んで、おみくじもついでにひいて。
お互いのひいた結果を見て、からかい合ったりもした。

「あれ・・・」
ふと、周りを見渡すと、後ろのほうで出店を覗き込んでいた快斗が居ない。
人波に流されてしまったのだろうか?
連絡を取るにも、困ったことに今日は携帯を持って来ていない。
なんというか、具合の悪いことに。
これはもしかしなくとも、迷子だということだろうか。
高校生にもなって人込みで迷子になるとはなぁ、と胸の中で笑って、そのままそこで待つことに決める。
どうせ、あちらもはぐれたことに気付いて戻ってくるだろう。
石垣に座り込むと思わずため息が漏れた。
知らず知らずに人込みにまみれて疲れていたのかもしれない。
視線を上げると、すっかり日は暮れて、屋台の電球と、境内の提灯が辺りを照らしている。
吐いた息が白い雲になって流れていく。
その寒々しさにポケットに突っ込んでいた手を握り締めた。
そしてふと、石垣の影で蹲っている小さな影に気づいた。
しっかりと、コートの裾を握り締めた小さな指が力を込めすぎていることも同時に気づいて、思わず声が出た。
「・・・どうした?」
かけた声に、ビックリしたのだろうか、少し肩を震わせて大きな目がこちらを向く。
小学校に上がるか上がらないかといった感じの男の子だった。短く切られた栗色の髪が見ているこちらに寒さを感じさせる。
出来るだけ、怯えさせないようにかがみこんで目線を一緒にして話しかけてみる。
「どうかしたか?」
「・・・兄ちゃんどっかいっちゃったの」
すると少し俯いて、ぽそりと言った。
「・・・お兄ちゃんとはぐれたのか、兄ちゃんと一緒だな」
「?」
不思議そうな目でこちらを見た少年に笑いかけて。
「兄ちゃんもな、一緒に来た人とはぐれちゃったんだよ」
「そうなの?」
「そう。一緒だな」
「・・・いっしょ?」
「うん」
大きく頷くと、やっとこちらを向いて笑った。
硬く握り締められていた指も心なしか、緩んだように見えて妙に微笑ましい気分だ。
「お前、名前は?」
「こうへい」
「コウヘイか、兄ちゃんは新一って言うんだ。迷子仲間同士仲良くしような」
「うん、しんいち兄ちゃん」
少し舌ったらずの口調で名前を呼ばれると、くすぐったくて笑いが漏れる。
コナンの時に出来た小さな友人達よりも小さい、この新たな友人がなんだか微笑ましくてならなくて。
「コウヘイは兄ちゃんと一緒にここに来たのか?」
「うん、お正月だから兄ちゃんうちに帰ってきてるの」
「そうか。コウヘイは兄ちゃん好きか?」
「うん!いっぱい遊んでくれるから好き!」
満面の笑顔で、大好きな『兄ちゃん』のことを話してくれるその顔はまっすぐに感情を伝えてくる。
その顔を見て、誰かと重なる。
・・・それは探すまでもなくはぐれてしまった彼の人で。
そう、彼も彼の父親のことを語るとき、こんな表情(かお)で笑う――。
「しんいち兄ちゃん?」
心配そうに呼びかけられて、意識を呼び戻す。
大丈夫、そう微笑って答えてコウヘイの頭をくしゃりとかき混ぜた。
くすぐったそうに首をすくめて笑っていたコウヘイが小さなくしゃみをして、急に寒さを思い出した。
「お前、寒いんだろ」
そう言いながら、自分の首に巻かれていた紅いマフラーを巻きつけてやる。
何か言いたそうな顔をした目の前の小さな友人にまた、気にすんな。と頭を撫ぜた。
「耕平!」
「あ、兄ちゃん!」
人の行き交う反対側の通りから大学生くらいの青年が駆けて来る。
この寒い中だと言うのに、息を切らせてどのくらいこの人は走ったのだろうか?
まっすぐに、こちらに向かって歩いてくる。
「耕平、手を離したら駄目だって言っただろう?」
「うん・・・ごめんなさい」
青年は微笑って弟の頭をかき混ぜると、こちらに向き直って頭を下げた。
「あの・・・ありがとうございます。弟の面倒を見てくださって、お陰で助かりました」
「ああ、いえ、俺のほうこそこの子に面倒を見てもらってたんです」
「でも、あのお礼を」
「ありがとうございます、でも、連れを待たなければならないので。弟さんに暖かい飲み物でもあげてください」
「・・・本当にありがとうございました」
そう言うと青年はまた深く頭を下げた。
「しんいち兄ちゃん!」
コウヘイが、マフラーをきれいにたたんで手渡してくれた。
もちろん、ありがとう、と満面の笑みもつけて。
去り際に、コウヘイがこう言った。
「しんいち兄ちゃんも、今度は手を離したら駄目だよ」
その言葉に、少し目をみはってそれから笑顔で分かった、と頷いた。
コウヘイも笑顔を返して、それから隣に居る大好きな『兄ちゃん』の手を引いて去って行った。
それが人込みにまぎれて消えてしまうまで、何だか楽しいような、寂しいような気分で見送った。

「新一!」
背後からのタックルと、声でその存在に気付いた。
慌てて振り返ると、先ほどの青年と同じような息遣いで快斗が立っていた。
「快斗」
「ごめん新一、ごめん!」
はぐれてどうしようかと思った・・・と言われて。
その情けない声音に吹き出してしまった。
「なんだよ、しんいち〜」
「甘酒、おまえのおごりな」
俺を見失った罰だ、と自分のことは棚に上げて笑う。
なんだかとにかく、安心してしまったから。
零れ出る笑いの波が、止まりそうにない。
「さ、早く帰ろうぜ?」

素早く快斗の手をつかむと足早に人込みの中を歩いてゆく。
「しんいち?」
「もう、はぐれないようにだよ、バーカ」
そう、振り向かずに言った、自分でも分かるくらい熱くなった顔は隠せていないだろうけど。
快斗の小さな笑い声が聞こえたけれど、この際それは無視だ。
いつの間にか一方的につかんでいた相手の手が柔らかく握り返してきたのを感じたのも。

つないだ手はあたたかくて。
ひどく、安心して笑ってしまった。
この暖かさを失う事がないように。
きつくきつくお互いの手を握っていた。



2002→2003


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Akinoさまからのお年賀です♪
年越しから初詣までの、ほんわかとしたふたりのお話です。お互いを大切に想いあっている気持ちがそこここに溢れていて、情感に溢れているところがとても素敵なのです。
ふたりのぬくもりと優しさがつたわってきて、あたたかさを分けてもらったような、そんな気分。ほっと息を吐いて心がゆったりとするAkinoさま独特の世界がまた堪りません。









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