リビングには家主ではない人影がひとつ。ソファの上でクッションを抱き締めて、ぼーっとテレビの画面を見つめている。
ふと時計に視線を向けて。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
盛大なため息をひとつ。
「あーあーあーあーつまんないつまんない!」
喚いても何してもそれを咎める声は掛からずに、虚しく響くテレビの笑い声。楽しそうなそれに何だかむかついて、快斗はぶちっと電源を落とした。
「新一まだかなぁ〜」
せっかくの休日だというのに。
いつものように新一への協力要請の電話が掛かって来たのは、昼ご飯を食べてさぁデートに繰り出そうとした、ちょうどその時。電話を受けた時にはすっかり新一は探偵の顔になってしまっていて、現場に行くなとはとても快斗には言えなかった。快斗も探偵である新一は大好きだから。しかしそれも限度があるというもの。
どうして毎回毎回毎回毎回!警察は自分の邪魔をしてくれるのかと、思い返せば思い返すほどむかついて来る。
そうして次のキッドの予告の時には、思いっきり鬱憤晴らしとばかりに警察連中をからかって遊ぶのだ。一番迷惑を被っているのは二課の人達だろう。関係ないのに快斗のうさ晴らしに付き合わされるのだから。
「ん〜何か作ってようかなぁ」
本当は今日は昼からデートして、どこかで食事をしようと計画していたのだけれど。
まだ新一が出て行ってから30分も経っていない。現場も少し遠いようで、車で1時間近く掛かると言っていた。だから行き帰りだけでも2時間は取られるということ。だからまだまだ当分新一は帰って来ない。
「う〜デート〜…」
せっかくせっかくせっかくせっかく、新一がデートしてくれると言ったのに。今日は新一から誘ってくれたのに。
「ううう、買物行って来よ」
料理でもしていれば少しは気が紛れるかもと、食材を仕入れにスーパーに行くことにした。財布だけ持って玄関に向かう。
ガチャリと勢い良く扉を開けて、目の前に立つ人物をしばし無言で見つめてしまった。相手も突然扉が開いて驚いたのか、インターホンを押そうと手を伸ばしたままの姿で固まっている。
「平次じゃん、久しぶり〜」
「く、黒羽…」
「あー、何?その嫌そうな顔はー?久々に会った友人に対してさぁ?」
「誰がいつそんなもんになったんや!?」
「平次君てば冷たーい、快斗君泣いちゃうよ?」
「やめんか、気色悪い!!」
かわいらしく言ってみるが、どうやら平次はお気に召さなかったらしい。嫌そうな顔をして一歩引く平次に、快斗は軽く肩を竦めた。
「新一なら今いないよ〜?」
「事件か?」
「そ。あぁ、現場も車で1時間掛かるって言ってたから、今から行っても行き違いになるだろうな」
「…で、お前はまた入り浸っとるんか」
嫌そうな顔で言われ、その言葉に呆れたような瞳を向けてしまう。
「入り浸るも何も、前言ったじゃねーか。俺と新一はここで同棲してんの。恋人同士でラブラブなわけ。平次の入る余地ねーの。お分かり?」
「そんな嘘八百、誰が信じるかい!俺は工藤の口からはっきり聞かん限り、信じんでっ!!」
確かに新一の口からはっきりとは言われなかっただろうけれど、目の前で濃厚なキスも見せたというのに。まったく聞き分けない奴だなぁと、快斗はやれやれとばかりに肩を竦める。
「あ、そーだ。今から買物行くんだけど、お前も付いて来い」
「何で俺がお前に付いて行かんといけんのや?」
荷物持ちにちょうど良いと告げると、平次はあからさまに嫌そうな顔をする。それに快斗はにっこりと笑みを向けて。
「だって今日お祝いの日だから。豪華な料理のためにはそれなりの食材は必要だろ?」
「お祝い?何のお祝いや?」
「そりゃもちろん新一に関することに決まってんだろ?」
「工藤に関すること…」
「やっぱお祝いされるってのは嬉しいもんだから、さぞかし新一も喜んでくれるだろうなー?」
チラと視線を向けてそう告げると、平次はどうやら新一が喜んでくれるという言葉に反応してくれたらしく、快斗はこっそりとほくそ笑む。
「お前、料理とか出来んの?」
「いや、あんま作ったことないねん」
「使えねー奴だなぁ、今時男も料理出来ねーとやってけねーぜ?そもそも新一に横恋慕するならそれなりの人間じゃねーとな」
「い、今修行中や!!」
快斗の言葉に思わずムッとするが、一理あるとぐっと文句を飲み込む。快斗の口ぶりでは、快斗は料理が出来る模様。
(せやな、工藤と暮らすんなら色々と世話してやらんといかんやろうし、料理くらいは出来んとな)
快斗に後れを取ってはならないと、平次は帰ったら早速母親に手ほどきを受けることを決意した。
大量の食材を仕入れて帰ってくれば、門の横には高そうな車。それに快斗は思わず嫌そうな表情を浮かべてしまう。門を潜れば、玄関の前に佇む姿が見える。
「何しに来たんだよ、白馬」
「黒羽君、それに服部君まで…」
「何や白馬、工藤は今おらんで?」
同じ探偵同士お互い知っていたらしく、きっとお互いの新一に対する想いも知っているのだろう、嫌そうな表情をして向き合っている。
その横を抜けて、快斗は玄関の扉を開ける。その快斗の行動に気づいて、平次と探は納得行かないような表情を浮かべた。
快斗が工藤邸の鍵を持っているということが気に食わないらしい2人の様子に、快斗は思いっきり優越感に浸る。
快斗が玄関を入れば、促してもいないのに2人は勝手に入り込む。しかし今日は快斗もそれを咎めない。むしろ歓迎していると言っても良い。
ガサガサとビニール袋の音をさせて玄関を上がり、そのままキッチンの方へ向かう。平次も荷物を持っていたから当然快斗の後を付いて行き、そうなると探も何となくついて行ってしまう。
ドサリと取り敢えず荷物を床に降ろした快斗は、ガサガサと袋の中身を取り出しながら、相手を見もせずに口を開いた。
「白馬、お前も手伝え」
「は?何をです?」
突然の言葉に探は眉を寄せる。しかしそんな様子など快斗は構うことはない。
「お祝いの料理とかイロイロ」
「お祝い?今日は何かあるんですか?」
「何や詳しゅうは知らんけど、今日は工藤のお祝いやて…」
「工藤君のお祝いですって?ああ何てことだ、知らなかったとは言え、手ぶらで来てしまうなんて…!」
すぐに何か用意して来なければと、この場から立ち去ろうとする探に、快斗はすかさず留めるように声を掛けた。
「だーからー、心優しいこの俺が、お前らにも手伝わせてやろうってんだろー?」
「……何か裏がありそうですね」
思いっきり不審そうに探るような瞳を向けられ、快斗は心外だと言わんばかりの表情を浮かべて見せる。
「あのなぁ白馬、俺はお前と違って裏表のない人間なの。新一の喜ぶことを第一に生きてるわけ。お前ら友達に祝ってもらったら嬉しいだろ?新一だって友達に祝ってもらえて嬉しくないはずねーだろうし。お前ら、新一の喜ぶ顔見たくねーの?」
「「それは見たいに決まっとる(てます)!!」」
「ならここは普段のいがみ合いなんか忘れて、新一の為に(強調)協力し合おうぜ?」
「せ、せやな、工藤の為やもんなっ!」
「そ、そうですね、工藤君が喜んで下さるなら!」
きっと新一のことだから、突然のことに驚いて、そして恥ずかしそうに嬉しそうに綺麗に笑ってくれるに違いない。もしかしたら喜びの余り、新一が抱き付いてくるかも、なんて都合の良い妄想を繰り広げる2人を尻目に、快斗はにやりと笑う。
「新一、絶対すっげー喜ぶから」
何をすれば良いのかと勢い込む2人に適当に指示を出しながら、快斗は数時間後に起こるであろうことを思って、思わず鼻歌を歌ってしまうくらいに楽しそうに作業を進めた。
間もなく時計の針が6時を指す頃。新一が出掛けて行ってから既に4時間以上が経って、ようやく新一が帰宅した。移動時間が長かったこともあって、きっと疲れているだろうと、快斗はいつものように玄関に迎えに出る。当然お邪魔虫も我先にと快斗に続いた。
「お帰り新一、お疲れ様v」
「ん、ただいま」
「「工藤(君)っ!!」」
いつものようにチュッとキスを贈れば、途端に騒がしく喚く声が響く。その声に初めて快斗以外の人間がいることを認識した新一は、少々驚いたように目を丸くした。そして声のした方へ顔を向ける。快斗の腕の中に収まったまま。
「え?あ、服部と白馬?来てたのか」
「うん。今日ね2人共お祝いに来てくれたんだぜ?」
「え?」
快斗の言葉に目を瞠った新一に、平次と探は我先にと自分のしたことを新一に認識してもらおうと詰め寄る。
「部屋のセッティングとかは俺がしたんや!」
「僕は料理の方を少々…お口に合うといいのですが」
あまりの2人の勢いに少々たじたじとなった新一をさりげなくガードしながら、快斗は新一に説明をする。
「今日はさ、外で食べようかって言ってたけど、新一遅くなりそうだったし疲れてるかなって思って用意しちゃった。こいつらもいたしね」
「あ、お祝いに、来てくれたのか?2人共…?」
「「そうや(です)!!」」
驚いたように、でもどことなく嬉しそうに見える新一に、思わず拳を握り締めて肯定する。
平次と探もお祝いのことは今日知ったこと、当然新一は2人が祝ってくれるなど思ってもなかっただろうから、驚きは大きいだろう。しかしその表情を見れば、自分達の行為を嬉しく思ってくれていることが知れる。そんな新一の様子に、2人は心の中で思いっきりガッツポーズを取った。
しかしその喜びも長く続くはずがなく、2人に良い思いなどさせてたまるかと思っている快斗に、容赦なく爆弾を落とされる。
「友達に、俺らの仲を祝福してもらえることほど嬉しいことってないよな!」
「「………へ(え)?」」
「今日は俺と新一が想いを通じ合わせた日。恋人同士になった記念日だもんね〜♪」
「「なっ!?」」
「んなこと口に出して言うなよ!恥ずかしい!!」
「えー?別にこいつらも承知のことだし、そんな恥ずかしがらなくてもー」
「「ななな…?」」
((こ、恋人?恋人同士になった記念日やと(ですって)…!?))
記念日といえば1年に1度というのが主。つまり今日のちょうど1年前に、2人は恋人同士になったというわけで。
「「こ、恋人になった、記念日…?」」
呆然と呟かれる言葉は、仲睦まじく快斗といちゃいちゃしている新一には届かない。
「夕食にはまだ早いから、ちょっとお茶しようか」
「ん、そだな。服部と白馬も、ほら、突っ立ってないでリビングで座ってろよ」
促されるままに、2人はリビングに戻ってすとんとソファに腰掛ける。新一は2人の向かいのソファに腰掛け、快斗はコーヒーを淹れにキッチンへ向かう。
せっかく快斗がいないというのに、いつもならば我先にと新一に話しかける平次と探は、今は呆然としたままソファに座るだけ。
1年前といえば新一がまだコナンであった頃。新一は行方不明中だった。
その辺のところの矛盾に気付かないほど、平次と探は知らなかったこととは言え、2人の仲を率先して祝福してしまったという事実に、再起不能なまでに固まってしまっている。
そうこうしていると、快斗がトレーを手にリビングに戻って来た。
「ほら、これは白馬が作ったやつ。材料はきっかり俺が量ったから、不味くはないと思うけど」
薫り高いコーヒーと、皿に綺麗に並べられたクッキー。
リビングから窺えるダイニングは、何だか色々と飾り付けが施されていて楽しそうな雰囲気を醸し出している。快斗が腕を奮ったというからには、夕食はさぞかし豪華な料理が食卓に並ぶのだろう。
恥ずかしがり屋な新一だから、自分から快斗が恋人だとか宣言したりはとても出来ない。
でもこうやって、わざわざ祝いに来てくれる友人たちに、自分達の仲が認められているのだと、とても嬉しくなった。
「え、と…あの、な…えと、サンキューな…?」
はにかむ様に頬を染めて嬉しそうな笑みで、新一は2人に向けて礼を告げる。
しかしショックに固まってしまっていた2人は、せっかくの新一の極上の笑みも認識できてはいなかった。
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