怒っているのはどっち?
 

 




彼はその日、警視庁を訪れていた。
前々から、目暮警部が事件資料を見せてくれると、約束していたのだが、昨夜電話で、今日の昼なら時間があるから、と誘われて断る彼ではない。
嬉々として、今日の予定を蹴倒したのは、言うまでもないだろう。
そして、資料室に篭もること、2時間。ずっと気になっていた矛盾点が解消した彼は、今から帰るところであった。ちなみに、目暮警部は彼から指摘されて、1つの迷宮入り事件が解決出来ると、喜び勇んで上層部へと急いで行った。ために、彼は1人で廊下を歩いていた。


その時である。
「工藤くん、僕と付き合ってくれないか?」
突然、知人に呼び止められての、告白に、
「は?」
彼―――新一は、あっけにとられた。


もし、今の科白を大阪出身の黒い人が言ったとする。新一は、「気持ち悪いコト、言ってんじゃねぇ!」という怒鳴り声と共に、蹴りを出しただろうし、また、ホームズコスプレの白い人だったら、聞かなかったことにして、さっさと立ち去ったに違いない。


しかし、上記の言葉を口にしたのは馴染みの刑事で、確か彼は、同僚の女刑事に片思い中だったはずである。
その認識が、新一を混乱させた。
別に、男から告白されたから驚いたわけではない。老若男女問わずモテる新一は、恋人が出来るまでは3日と空けずに誰かに告白されていたし、その内の3割は、不本意ながらも男だったのだ。


ところで。
今、さりげなく(?)発表されたが、工藤新一くんには、相思相愛の恋人がいる。
恋人にベタ惚れな相手は、プライベートな時間は1分1秒でも長く新一と一緒にいたいと、思っているのである。ゆえに・・・・。
「高木刑事」
気配を全く感じさせずに、彼らの背後に立った彼は、地を這うような低い声を出した。
「その手を、離してもらえませんか」
「うわっ」
声に潜む圧力に驚いた高木は、新一の腕を掴んでいた手を離して、ずささっと3mばかり後ずさる。
高木ワタル、生まれて初めて殺意を向けられた、一瞬だった。
「快斗」
高木が手を離してくれたと思ったら、背後から抱きしめるように腕をまわされて、新一は恋人の顔を見上げた。まだ、ちょっとぼーっとしている様子は、新一をひどく幼く思わせる。

内心、可愛いvと愡けつつも、ポーカーフェイスで笑顔を保ちながら、新一を腕に囲ったまま、快斗は高木を眼差しだけで睨んだ。
「あ・・・あの、黒羽くん」
「はい?」
あくまでも(表面上は)にこやかな快斗に、高木は怯えた。
「ごごご、ごめん。誰か他の人に相談してみるから、いいよ」
「「は?」」
快斗と新一の声がハモった。
「高木刑事、相談って?」
新一が、小首を傾げながら、訊ねる。(もちろん、快斗に抱きしめられたまま)
快斗は、まさか、と思った。
「うん。ちょっと工藤くんに相談したいことがあったんだけど・・・・」
はああぁぁ。
今度は、溜め息の2重奏である。
そう。オチがこんなもんで申し訳ないが、高木は「僕(の相談)に(強調)付き合ってくれないか?」と言おうとしたのだ。
「え?え?」と戸惑っている高木は、どうやら自分が言い間違いをしたことにすら、気付いていないようだ。



結局。
新一と快斗は、署内の廊下にある休憩所で、高木の話を聞くことになった。
自分たちよりも10歳近く年上なくせに、妙に頼りなさげで、縋るように見つめてくる高木を、新一が気の毒に思ったからだ。
「それで、話って何ですか?」
カップのコーヒーを手渡されて、快斗が自分の隣に座ると、新一は並んだ長イスの向かい側に座った高木に、そう言って切り出した。
高木は、手の中の熱いコーヒーに視線を落としながら、少し顔を赤らめながらも言った。
「もうすぐ、佐藤さんの誕生日なんだけど。工藤くん、佐藤さんの好きなものとか、知らないかな?と思って・・・・」
「え? 佐藤刑事、今月誕生日なんですか?」
知らなかったなぁ、とつぶやく新一は、自分もお祝いしたほうがいいのだろうか?と考えた。
自分の誕生日を忘れるような新一が、他人の誕生日を気にするようになったのは、偏に隣に座る恋人のおかげである。快斗の誕生日を祝うことになって、初めて「生まれてきてくれてありがとう」と感謝の言葉を捧げたくなる気持ちを理解したのだ。

だから、好きな人には喜んでもらえる物をプレゼントしたい、と思う高木の気持ちも分からなくはないが。
「でも、僕、佐藤刑事の好きなもの、なんて知りませんよ」
佐藤刑事は、目暮警部みたいな「お父さん」タイプが好きで、クルマ好きで、高級レストランよりも肩の凝らないラーメンの方が好き。
そんなことは、警視庁の美和子ファンクラブでなくても、新一ですら知っていることだし。
「そういえば、4丁目の●●軒のチャーシュー麺が最近お気に入りだって、言ってたけど」

確かに、薦めるだけあって美味しかったなぁ。
そう、付け足した新一を、
「「えっ? 新一(工藤くん)、佐藤刑事(さん)と食べに行ったの?」」
詰め寄る男たち。
訳の分からない迫力に引きつつも、新一は頷いた。
「うん。この間の月曜日、近くのマンションであった事件に呼ばれた帰りに、夕飯食べてないでしょう、って言われて連れてかれたんだ」
ええっ、いいなぁ〜。と羨ましがってる高木刑事と違い、快斗は、顎に手をあてて何かを考えこんだ。
「快斗?」
「え?あぁ。じゃあ、俺が佐藤刑事から、何か聞き出してきましょうか?」
突然の、快斗の申し出を、高木は喜んで聞いた。
新一も、事件以外では話し下手になってしまう自分を知っていたから、快斗に任せた方がいいと判断する。しかし、快斗の様子に、何かひっかかりを覚えずにはいられなかった。




10分後。外回りから戻って来た佐藤を見つけて、新一と高木は資料室に隠れることになった。快斗曰く、
「迎えに来たはずの俺が、新一と一緒にいるのに、いつまでもここ(警察署)にいるのを見られたら、変に思われるんじゃないか?」
とのこと。
確かに、と肯定した高木が慌てて資料室の鍵を借りてきたが、大人しく待っていることは、2人は出来なかった。
(あ、いたいた)
快斗と佐藤は、さきほど3人でいた長イスに座って、話をしていた。見つからないように、こっそりと遠目に眺めているので、何を話しているのかは分からないが、ずいぶんと楽しそうだ。佐藤は時折笑いころげては、快斗の肩をバンバン叩いている。快斗の方も、にこやかな笑顔で、会話を途切れさせないでいた。


(いいなあ)
そんな2人を見ていて、高木は快斗が羨ましくなってきた。自分が彼女と話をするときは、いつもドギマギして、言いたいことの半分も言えないでいるのだ。気さくな彼女は、そんな自分相手でも、気兼ねなく話しかけてくれるけれど、いつまでもこんな態度では、いい加減に呆れられはしまいか?と不安になる。

鬱々と落ち込み出した高木は、寒気を覚えて身震いした。気のせいか、周りの温度が1・2度くらい下がったような気がする。
ふと、隣にいる新一を見ると、無表情で目が据わったまま、向こうにいる2人を睨むように、見ていた。
(ひいぃぃっ)
咄嗟に壁に張りついてしまったが、後に高木は、この時悲鳴をあげなかったことを、自画自賛した。その位、新一の雰囲気は険悪になっていて、高木は、本気で逃げ出したくなるほど、怖かったのだ。

(あ・・・・、あの、工藤くん。見つかるとマズイから、そろそろ戻ろうか)
恐怖に脅えながらも、新一に声を掛ける。何故か、これ以上ここにいたら、もっと新一の機嫌が悪くなるような予感がしたからだ。
(・・・・・・・・そうですね)
新一の声音はいつもと変わらない。けれど、それでもその中に含まれる何かを感じとって、高木は心底脅えた。
そう。まるで、さきほど快斗に睨まれたときに感じた殺気に似た、何かを。
快斗が戻ってくるまでの20分間。高木は針の筵に座らされているような気分のまま、新一と2人きりで資料室のイスで待っていた。





「お待たせしました」
快斗が資料室に入ってくると、待ちわびていた高木は、ほっと肩の力を抜いた。ずっと無言だった新一に、何度か取り繕うように話しかけても、まるで相手にされなかったせいで、ずいぶんと憔悴していたからだ。
明らかに、ほっとした顔を見せた高木に、くすっと笑って快斗は、さりげなく新一の様子を窺った。
新一は、快斗が入ってきても、視線を合わせようとしないまま、無表情を貫いている。
(これは、早く済ませた方が、いいな)
快斗はそう決めると、先程の会話で佐藤から聞き出した、彼女の情報を全部語った。
好きな食べ物から始まり、好きな色・音楽・ブランドに映画に俳優。趣味や特技に得意料理。苦手なものや嫌いなものは勿論、亡くなった父親や母親の好物までもと、高木の手帳をまるまる4ページも埋めてしまったほどだ。

たった20分の間に、それだけの事を佐藤から聞き出した快斗に、高木は尊敬の眼差しを送った。
ただ、新一だけが、一言も喋らずに、終始無表情を通していた。










「おい」
工藤邸に帰っても、ずっと無言を貫いていた新一だったが、とうとう我慢できなくなって、口を開いた。
対する快斗は、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。
「何?」
「俺は、怒ってるんだぞ」
「何で?」
「何で、って・・・・」
快斗は新一が何に対して腹を立てているかを知っていながら聞いている。それが分かっているから、余計に新一は機嫌が悪くなった。けれど、それを自分の口から言うのは、恥ずかしさが勝っているから出来ない。

うーうー、唸りながら新一が困っている様子に、快斗は殊更嬉しげな笑みを浮かべると、新一の座るソファの隣に、腰を下ろした。
「しんいち」
そっと頬を両手で挟んで、視線を合わせると、怒ったような困ったような顔を向けてくる。
「目を閉じて」
やさしく、優しく言うと、新一は素直に瞼を閉じた。
「ねぇ。さっき佐藤刑事と話をしているときの俺の顔を思い出してごらん」
そう言うと、新一は目を瞑ったまま、不機嫌に顔を歪めた。
快斗は、嬉しくて先程よりも、もっと甘い声で囁く。
「目を、開けて」
促されるままに、目を開けて。そこに新一は、眼差しだけで「愛してる」と訴える恋人のカオを見つけた。新一だけが知る、新一だけに向けられる快斗の本当の微笑み。

それだけで、心の内に渦巻いていたヤキモチは、きれいに消え去ってしまった。
意識せずとも、浮かぶ、笑み。
恋人のクライ気持ちを一瞬にして、消すことに成功した魔法使いは、差し出された口唇に、自分のそれを近づけた。
















「ちょっと、待て」
互いに睦事を囁き合って、既に絶頂を迎えた後で言っても、遅いような気がしたが、新一は言わずにはいられなかった。
もしかしなくても、先程までの自分は、快斗に流されてしまっていたではないか。
笑顔だけで陥落してしまった自分に、「惚れた弱み」だからと充分に理解しているが、それでも快斗が新一を煽るために、ことさら佐藤と仲良さげに話をしていたのは、確かだ。
快斗がフェミニストで、誰にでも優しいのは知っている。けれど、笑顔のポーカーフェイスの下で、他人とは一線を引いていることも、新一は見抜いていた。だから、いつも他の相手に対する表情と、警視庁で佐藤を相手にしていたときの態度に違いがあることにも、気付いた。

(サービスしすぎだっ!)
なんて本人には絶対に言えないけれど、新一の偽らざる本音だったりする。
快斗が彼女のことを好きになるとは思わないが、佐藤が快斗のことを好きになったら、困るのは新一なのだ。今でさえ、快斗に恋慕するオンナノコたちを牽制するのに大変な思いをしているのに、これ以上ライバルを増やしてたまらない。

なんだかんだ言っても、新一は自分が快斗にべた惚れなのを、自覚していた。
「おめーの言い訳、まだ聞いてねぇぞ」
だからといって、わざとヤキモチ妬かされて、黙って許す気にはならないけれど。
新一の心理を違えることなく読み取った快斗は、苦笑を浮かべた。せっかく、先程までの行為で許してあげようとしていたのに、自分からそれを蒸し返してきた新一が、可愛くてたまらない。

「ねぇ、新一」
快斗の瞳に悪戯な色を見つけて、しまった、と思ったがもう遅い。
「今日は、本当なら、誰と、何処に行くはずだったか、覚えてる?」
「あ」
新一は、自分が地雷を踏んだことに、ようやく気がついた。
そう。昨夜、目暮警部から事件資料の話を聞いてから、すっかり忘れてしまっていたが、今日は快斗と映画に行く約束をしていたのだ。最近、噛み合わない互いのスケジュールの所為で、なかなか一緒にいられない日が続いていた。だから、何日も前から快斗が(もちろん新一自身も)、今日を楽しみにしていたのを、知っていたはずなのに。

どうしよう!嫌われた!!
さぁっと、青ざめた新一が何を不安に思ったかなんて、快斗には一目瞭然。
(嫌いになったんなら、こんな風に新一を抱いたりしないよ)
安心させてあげるのは簡単だけど、ちょっぴり残っているイジワル心が、快斗の心の声を封じた。だから、さり気なく話題を変えてあげる。
「それにさ。新一ってば、高木刑事には他のヤツよりも優しいんだもん」
ちょっぴりの冗談と、かなりの本気(+ヤキモチ)を交ぜて言うと、新一はきょとんとした顔に変わった。
「そうか?」
「そうだよ」
自覚ナシかよ。
そうやって新一くんてば、快斗くんのライバルを増やしてくれるのね。
しくしくと、心で泣きながら快斗は、オシオキ続行を決定した。
そんな快斗の不埒な考えに気がつかない新一は、与えられた疑問を真剣に考えた。
「そうだなぁ。なんか高木刑事って頼りなくて、放っておけないって感じがするだろう?」
そして、無自覚の爆弾を投下する。
「俺、一人っ子だからよく分かんねぇんだけど、手が放せない弟(強調)みたいだよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ」
予想外の新一のコトバに、快斗はこみあがってきた笑いを堪えられずに、爆笑してしまう。
戸惑う新一を力一杯抱きしめて、しばらくは笑いの発作は止まらなかった。



今日も、黒羽快斗くんと工藤新一くんは、仲良しです。



   

 

■story



 艶紫さまから頂きました♪
 『9876』連番を踏まれたと地雷申告をしてくださったのです!
 そして、リク番を続けて踏んだからと、みなさまに対してのお詫びにも
 なればという……大変に謙虚で誠実な方です〜vv棚ボタで私は舞い
 上がっております!

 ある日の警視庁、唐突な高木刑事の告白に、混乱する新一くん。いい
 タイミングで現れた快斗くん。さあどうなるのかな〜っととても気になる
 展開から、新一くんのやきもちへと発展していって、もう楽しくって面白
 くって♪事件せいで、すっかり快斗との約束を忘れてしまった新一に、
 現状を利用して瞬間的に計画された快斗のお仕置き〜☆
 見事にはまってしまった新一のかわいさと、ちょっぴり意地悪な快斗
 にソソられまくりでした。
 そして、新一の「弟」発言。頼りなげでつい助けてやりたくなるところが
 高木さんのいいところですよね〜。
 タイトル…つけたのは私です。せっかくのお話の足をひっぱっておりま
 す。申し訳ないです(ーー;)。

 とっても素敵なお話をありがとうございました!
                                     01.11.16








  

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