「哀ちゃん!哀ちゃん!頼みがあるんだ!」

実験の最中に邪魔をされるのは、何より哀の嫌うところ。
それをわかっているくせに、普段ではありえない大きな声をだしてやってきた男。
頼みごとなんて知り合ってからこの方、された覚えがないことも興味をもった一因。
だから手をとめて、哀は快斗に向き直った。
「なにかしら?」
鍛えているところなんて見たことはないが、体力馬鹿とうくらい運動能力持久力ともにまともではない。だから、快斗が息を上げているところなんて、これまた見たことがなかった。
出先から帰ってきたばかり。ダウンのハーフコートを着て、商売道具の手にはきっちりと皮の手袋をはめている。そして、ブランド名のはいった紙バックを下げ、リボンのかかった大きな箱を大切そうに抱きしめている。
「あ、あのね…!」
言いかけて、一回大きく深呼吸して息を整え直す。
「とりあえず、これを」
大切に抱えていた箱を傍らの椅子におき、快斗は紙バックのほうを哀に差し出した。そこから出てきたのは、きれいにラッピングされてこれまたリボンのかかった箱。
渡されたのだから当然あけていいものだと判断して、哀はリボンを解くと包装紙をはずす。
箱の中にあったのは、真っ赤なジャケットとそろいのスカート。
「これ、シモネッタね。私に?」
「もちろん。哀ちゃんへの、少し早いけどクリスマスプレゼントだよ」
「どうもありがとう。さすがにセンスがいいわね」
哀のブランド好きを熟知した上で、快斗が選んだプレゼント。
"シモネッタ"は高級子供服を扱うイタリアのブランド。子供っぽいというよりも、大人顔負けの洗練されたエレガントなデザインの服ばかり。快斗が選んだものもその例にもれず、哀の美貌を引き立てるにふさわしいものだ。
「ものの頼み方をよくわかっているわね。それで?」
機嫌よく聞いてくれる様子に、快斗はおもむろに話し始める。
「新一、ここ最近閉じこもっているだろ」
「ええ、寒いから外なんか出たくないっていうのでしょ。そのせいで大学まで行かないなんて、どうかしてるわよね」
「まあ、大学はいいんだ。レポートをだしさえすれば、後は代返でなんとかなるからさ。問題は、もうすぐクリスマスだってこと」
大学に一緒にいきたいことの相談ではなさそうで、代わりに持ち出されたクリスマスと頼みごとがどうつながるのかと哀は頭を捻る。
「初めてのクリスマスなんだ。オレさ、ずっと憧れてたんだよ。恋人ができたら、一緒にクリスマスを過ごすっていうの。もちろんそのための準備も一緒にするっていうのをさ」
「そういうものかしら?」
「そういうもんなんだよ!」
「そう。で?」
肩を竦めて、先を促す。
クリスマスは、クリスチャンの最大行事。イエス・キリストの聖誕祭であって、決して恋人たちの祭典ではない。哀の返事は自然と気の抜けたものになる。
「オレさ、昔はよく家族でやってたんだ。今年のツリーはどんなふうに飾ろうかとか、パーティーの料理はどんなのにするとか、ケーキの種類はどうとか。父さんにやるプレゼントはこれとか、母さんにはこれとか。とにかく楽しくってさ、すごくわくわくしたもんなんだよ」
それは快斗の父が死ぬまでの話なのだろう。ちょっぴり寂しそうな表情に、哀も真面目に聞いてやることにした。家族との楽しい思い出が掛け替えのないものだと知っているから。哀だって姉との日々がそうだった。
「でもさ、新一は違うんだ。両親があのとおり有名人だからさ、幼いときからパーティーに招かれてばっかりで、家族でクリスマスをしたことがないんだよ。ツリーは飾っても、自分でしたことないっていうし、プレゼントなんて選んだこともない」
「わかったわ。つまりあなたは、工藤くんを外に引きずり出してお買い物デートをしたいのね」
「端的に言うとそうだ」
しっかりと頷く快斗に、これまた難題だと哀は頭を悩ませる。
工藤邸の暖房費が恐ろしい金額であることは、先月の電気料金を聞いたときにぶったまげたばかり。巨大な屋敷の一室だけを暖めるのではなく、所謂全館暖房ということをしているのだ。そうでなければ例え家のなかだとて、寒いところに新一は絶対に出てこない。ましてや、外だなんて。
「物理的な寒さくらい、実際はなんてことないんだよ。寒くない格好すればいいだけなんだから」
「確かにそうだけど。工藤くんの寒さ嫌いは筋金いりよ」
「わかってる。だから、泣きをいれるんだ」
「…は?」
「それとなく、哀ちゃんから言ってもらえないかな。オレ、親父が死んでからまともなクリスマスを迎えたことないって。もう一度昔みたいにやりたかったけど、外に出たくない新一に無理強いしたくないから涙をのんであきらめてたって」
「…………」
同情心をくすぐるあたり、快斗は自分がどれだけ新一の心を占めているかよくわかっている。そして、快斗の弱い部分に、新一が最大の甘やかしを発揮することも。
「ま、いいでしょう。直接自分で言えっていいたいところだけど、演技かどうかぐらいすぐ見破られるし。私が言ったほうが説得力があるものね。それに、いい加減閉じこもってばかりというのも問題だと思っていたところだし」
「ありがとう、哀ちゃん。それでね」
あっさりと了解してくれた哀に、快斗は嬉々として傍らに置いていた箱を取るとそそくさと開けた。
出てきたのは真っ白いコートである。
「どう?新一によく似合いだろ」
「あら、ステキね」
素直に同意されて、快斗はウキウキとした心を素直に表す。
「これを見たとき、新一しか浮かばなくってさ。まさに新一のためにできたコートっていうのかな。本当はもう諦めようと思ってたけど、絶対にこれを着せたくてたまらなくなったんだ」
熱弁は、真意のほどを如実に伝えてくる。
クリスマスなんて二の次で、このコートを着た新一とデートすることだけで快斗は頭がいっぱいになってる模様。
確かに快斗の気持ちはわからないでもない。新一のためにできたというのが誇張でないくらい、ぴったりと思えるから。哀だって、着ているところを見てみたいと思うほど。
「でも、これって女性ものよね」
「まあね」
「いくら工藤くんにファッションセンスがないといっても、男ものか女ものかの区別はつくと思うわよ」
「だから、哀ちゃんに頼みごと」
「え?」
さっきのがそうだったのではないのか。言い返したかったがさすがの哀も、迫力負けしてしまう。自分の欲望をどうあっても実現しようとしている男に太刀打ちできるわけがないから。
「哀ちゃんが一言、女物じゃないっていえば新一は着るから」
にっこり笑って、そう言われて。哀は仕方ないと頷いた。
「いいわ。その代わり、ひとつのプレゼントでふたつの願いを聞く気はないわよ」
「もちろん。哀ちゃんへの本当のクリスマスプレゼントは新一とふたりで選ぶんだ」
「それと、コレ用の実験動物を調達してちょうだい。早ければ早いほどいいわ」
コレとは、実験台の上にところ狭しと並べられている試験管の中身。
「OK」








実験動物を哀の地下室へ押し込めてきた快斗は、今度はきちんと玄関のカギをかける。それから落としていた廊下のライトを点ると、新一のいるリビングへと向かった。
先程までの不機嫌さも、部屋が暖まればあっというまに戻ったようだ。楽しいことをしていれば、不要な事柄は頭のなかからさっさと消去されるから。
「新一、一段落ついた?晩御飯、できてんだけど」
「まだいい。なぁ快斗、これ数が足りない」
ふたりで選んだツリーはとても大きくて、本日買い揃えてきたオーナメントだけではまだまだのよう。
「明日また買いにいこう?」
「そうだね」
ちょっと伺うように聞いてくる新一がかわいくて、快斗はとっても幸せだ。
なぜって頬がほんのり染まっているのが、暖房のせいではなく。新一もデートを楽しみにしてくれているのが充分に察せられるから。
これもすべて、あの白いコートのおかげだ。


『なんだよ!こんなの、オレ着ないぞ!』
快斗の心情に絆されて出掛けることを了承した新一だったが。案の定、コートを見た瞬間、思いっきり拒絶を示した。
『こんな…!女物なんて何考えてんだ!』
『女物?違うわよ。これは男女兼用。ほら、右前にも左前にもなってないでしょう』
『え…あ、ほんとだ』
前立てを合わせる形であるのを哀に指摘されて、新一はあっさりと納得する。
『黒羽くんがあなたの嫌がるものなんか買ってくるはずないでしょ。それに、あなたのためを思ってるから、こんなに高価なコートもポンと買ってあげられるのよね』
『これ、そんなに高いのか?』
『ええ。カシミア100%だし、これだけのトリミングがしてあるんですもの。6桁は当然』
とどめとばかりに金額を口にすれば、それはもう大切にコートを抱きしめるまでになる。
『最初の数字は…?』
『さあ?1とか2ってことはありえないわね』

予測よりも簡単に着てくれて、それを見た瞬間の感動といったら。
あの時、人にぶつかったせいで偶然にも見つけたことを、快斗はどこにいるとも知れない神様に感謝したいくらい。
そしてフードまできちんと被った新一の顔は他人からはよく見えず、纏わりつく視線にいつものように辟易することもなく。逆に、新一からも周囲がよく見えないことで、多少触りまくっても嫌がられることもないのだ。
新一は顔を隠しているような感覚でいたから。自分が誰だか知られさえしなければ世の恋人たちのようにいちゃつくことに抵抗を感じることもなく。フードが盾になって周囲には見えないとわかると、キスさえ許容してくれた。


『快斗、これはどうかな?』
ウィンドウショッピングをしながら歩いていると、不意に新一が立ち止まった。指の先には、ひとつのバックがあった。
『あの黄色?』
『そう。大きさも灰原にはちょうどいいだろ?小学生が持ってもおかしなデザインじゃないし』
『そうだね。ポシェットだし』
『あれ…ブランドもの?灰原、そういうの好きだろ』
ブランド品を扱ったブティックだったというのはわかってなかったようで、ただ哀に似合いのものを一生懸命見つけようとしていたことが、快斗にはかいわいくって仕方ない。
そっと顔近づけると、新一の唇に軽く触れる。
『快斗!』
『大丈夫、これで隠れてるから誰にも見られてないよ』
頬を染めて上目遣いで睨みつけてくる新一ににこっと笑うと、もう一度触れる。今度は文句を言うこともなかった。
『……それで?これ、どうなんだ?』
『ブランドものだよ。ヴィトンのヴェルニ・クリスティのシリーズか、すごく気に入ると思うよ』
『じゃ、これにしよう』
『うん』
微笑みあって、店内へと入った。
出迎えた店員たちからは「とても似合いのカップルでうらやましいですわ」なんて言われたりして。新一も機嫌が最高によくなって、デートは日々楽しくなるばかり。




「快斗、母さんのプレゼントは送るんだろ?」
「ああ、明日航空便でね。でも、優作さんのがまだだよ」
「どうせ締め切りに追われてクリスマスどころじゃないだろ。必要ないさ」
「そう」
同意しつつも、そういうわけにはいかないだろうとこっそり思う。
(洋酒は外国だから不自由しないから…年代ものの焼酎でもおくるかな)
無難なあたりで酒にしようと快斗が考えていると。オーナメントの飾り付けをしながら、何やら新一がちらちらと見てくる。
快斗と視線があうとぱっと顔をそらして、作業に没頭しているフリを装う。
(どうしたんだろ?)
飾り付けを手伝うために傍によって、それとなく伺う。新一のように意識を向けているのに気づかれないように。
ほどなくして、新一は何気なくというかわざとらしくないように声をあげた。
「あ…そういえば…」
「なに?」
「オマエのプレゼント…オレ、まだ買ってないんだけど…」
「え?オレの?」
まさかそんな言葉が新一の口から出てくるとは思ってもみなくて、快斗は手にしていたオーナメントを落っことしてしまった。
「うん……快斗、何が欲しい?」
「な、なんでもいいよ!新一がオレのために選んでくれるものならなんでも!」
「じゃ、あ…オレ、コートもらったから…快斗にもコートでいいかな…?」
「うんうん!もちろん!」
振り子のように上下に顔を振りながら、快斗は幸せに酔いしれる。


傍観者と徹していた哀は、頬を染めあう初々しいまでのふたりの様子にただ一言つぶやくだけ。
「バカップル…」
そして、協力に対する見返りをさらに求めても、今なら快斗はなんでもくれそうだということをすばやく計算するのだった。






end
02.12.05


  
■story


"white lie"=意味はそのまんま、白い嘘。罪のない嘘ということです。
どれが嘘かというと、女モノのコートってとこですね(笑)。
相変わらずかわいそうな方たちがずいぶんと出張ってますが、案の定な結末。彼らの言う「女」と自分とを新一が結び付けなかったのは、「女」に見えているなんて思ってもないからでした♪








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