長い指。
細いのに力強くて。
繊細でいて、ダイナミック。
そのものが、独立したイキモノのよう。


世に稀なる石を触れるに相応しい。
どんなに美しい天鵞絨に包まれていようと、どんなに豪奢な宝石箱に納められていようと。
あの手のなかにある瞬間には叶わない。

月にかかげられて、放たれる煌き。
あんなに美しいものだったのかと思わせるほど。
まるで月の流した涙みたいで。


芸術品を扱うのにぴったり、そのものが芸術品。
奇跡の指先。
魔法の手。


桜貝をはめ込んだようだとは、誰もしらない。
艶やかで、形良くそろえられた爪であることも。


触れてくるときは、必ず外された白い手袋。
髪とか、肌とか。
直接にぬくもりを伝えてきてくれて。

邪魔だと、とられた眼鏡にも。
指紋が残ることなんか、考えてもなかった。

目を奪う仕草。
あたたかな体温。
溺れてしまいそうになる、心地よい感触。


突然、世界が壊れた。
何もかもが大きくて、慣れ親しんだものは見知らぬものへと変化した。
まるで闇に包まれた感じ。
手探りで前だと当たりをつけた方向に進むしかない日々。
一歩踏み出すにつれ、奪われていく力。
憔悴して、このまま闇に埋もれてしまおうか―――そんな時に指し伸ばされた、手。


目線の先にあったのは、その手。
屈んで目線を合わせるようなことはしなかったから。
対等であると、語らずとも教えてくれる行為。
決して、脆弱で力のない者だとは見なかった。

いつもいつも、間近にあったやさしい手。







その姿を思い出そうとしても。
白い影がぼんやりと脳裏を掠めるだけ。


元の姿に戻れば、必要のないモノ。悪夢とともに忘れてしまえと。
そんなふうに、現れることのなくなった手の主。
悪夢でしかなかった出来事を、幸福な夢へと摩り替えてくれたくせに。
突如、手を振り払って闇の中へと消えてしまった。


おおよそを思い描こうとしても、何もイメージは浮かばない。カオのない相手を見つける術はなく。
ただ、手だけが頭の中を占めていた。









だから。

その日。
仕方なかった。

視界に焼きついて離れなかった、手。
それに対する、条件反射。



だから。


つい、握ってしまった。
周囲の状況なんか考えもせずに。
通りすがりに見つけた、キレイな手を。






end
02.07.07



  
■story





  

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