その日は、KID最後の夜だった。







組織を潰す目的は達していたから、後は石を探し出すだけ。
それも、下準備の段階でほぼ間違いないとわかっていた今夜の獲物で、達せられる。






ようやく終る闇の世界。
明るい日の世界へと、戻れる。
そんな喜びで胸がいっぱいだった。



だって、ずっとずっと心に秘めていることがあったから。
早く叶えたくてたまらなかったことが。



愛しいあのひとに告白する。



心待ちにしていた瞬間。
自分に課せた役目がすんだその時に、想いの全てを伝えたくて。聞いて欲しくて。





だけど、思い通りにならないのが世の常。
言いたいことはたくさんあったのに、何一つ届けることはできなかった。





「この犯罪者!人を弄んでからかって、慌てふためいているのを見るのはさぞ楽しいだろうな」





そう、キミは言ったから。
だから、飲み込んだ言葉。












Good night .  














新一。
オレはいつも新一と呼んでいた。
顔を合わせれば、名探偵としか呼べないことにどれだけ苛立ちを感じていたか。



白い衣装をまとうと、オレの世界は闇一色になる。
獲物の石でさえ、黒い塊。
警察も組織のやつらも黒いヒトガタ。まるで、地獄への誘い手のようだった。
伸ばされた手に捕まれば終わり。地獄の穴へまっさかさま。
いい加減疲れて、それもいいかなぁなんてバカな考えに取り付かれ始めたとき。
キミに逢った。



空から見下ろしたビルの屋上。そこに小さなヒトガタを見た。
黒くなくて、ちゃんとしたニンゲンだった。
自分の目を疑った。信じられなかった。
こちらに気付いて欲しくて、オレを見て欲しくて、わざと音を立てて降り立った。





鮮烈なまでの蒼い光。
一瞬にして、オレの世界の闇を薙ぎ払った、二対の命の煌き。





笑うだろうか。
あの瞬間に、キミに一目ぼれしてしまっただなんて。
愛しく想う心は止められなかったし、止めようともしなかった。
オレにもひとを愛せることが嬉しくて、嬉しくて。



いつしか、愚かにも夢見るようになった。
オレの隣にいるキミを。
オレに微笑んでくれるキミを。
オレを抱きしめてくれるキミを。



キミが元の姿を取り戻し組織をぶっ潰したことで、今まで以上にオレとの時間をもてるようになったとどれだけ喜んだか。
心にも、オレを住まわせる余裕を持てるだろうし、もっともっと考えてくれるだろう。
キミの好きな暗号、トリック、頭脳ゲーム。
オレの持てる力を駆使して、キミをアソビに引き込もう。
キミの中にオレを浸透させて、オレがキミの楽しみを運んでくれると思わせて。
遊んで遊んで、楽しめば、もっともっと心は近くなるだろうから。



本当に、愚かにも。
恋に目が眩んで、現実を何一つわかっていなかった。



所詮、オレは罪人の烙印を押された者。
キレイで清冽で、なにより潔癖なキミには受け入れられるはずがなく。
好きだと言って、なにが変わったというのか。
キミとの未来を手に入れたいだなんて。
滑稽で、ばかげた妄想。



さよなら、新一。



せめて、KIDという犯罪者がいたことだけは覚えていて。



























白い怪盗。
闇を切り裂く鮮やかな存在。




あの時、オレの前に降り立ったオマエはまるで、心に差した一筋の光明のようだった。




事実、絶望と苦痛に押しつぶされそうだったオレは、オマエという存在に救われた。
盗みのトリックも暗号も、警察を煙に巻くマジックも、暗く沈む心をどれだけ慰めてくれたか。


一人の探偵として、ライバルとして、敬意を払ってくれているオマエは、どれだけオレに現実へ立ち向かう力をくれたか。




けれど。
いつも、怪盗はオレを探偵としてしか見てはくれない。




元の姿に戻った時。
思い切って、言ってみようと思った。
探偵ではなくて、工藤新一としてオレを見て欲しい、と。
少なくとも、怪盗はいつも好意的だったから。
危険を省みず、いつも助けてくれたから。



だから、勘違いしてしまっていた。



「おめでとうございます。組織も壊滅して、これでアナタの憂いはなくなりましたね。これからは、アナタも気兼ねなく現場に来れますから、とてもアソビが楽しくなりますよ」



ひどい衝撃。
殴られたような感じ。


怪盗は、最高のアソビ相手としてしか、オレを見てはいない。
その、優しい眼差し。柔らかな表情。
オレにだけ見せる特別だと思っていたのに。
楽しいアソビに夢中になって、つい自分を見せてしまっていただけなんだな。



オレが歩み寄れば、怪盗自身も歩み寄ってくれる。
一緒に、同じ時を刻めるのだ───────なんて、浅はかな思い込み。



それで、きっぱりと諦めてしまえればよかったのに。
もう、怪盗には会わなければよかったのに。


できなかった。
怪盗が予告を出せば、どうしても動かずにいられなくて。
想いは積み重なって、怪盗以外の何にも心を動かさなくなった。



好きだといえればどんなに楽になれただろう。
でも、受け入れてもらえることが前提だ。
だから、好きだとは言えない。
怪盗に恋した探偵だなんて、アイツは嗤うだろう。
ライバルとしては堕落してしまったと、もう見向きもしてくれなくなる。


それなら、せめて怪盗の口から、言葉を引き出す
しかない。



「この犯罪者!人を弄んでからかって、慌てふためいているのを見るのはさぞ楽しいだろうな」



欲しかったのは、否定の言葉。
弄んでいるのでも、からかって楽しんでいるのでもないと。
少なくとも、オレと過ごす時間を楽しんでいるのだと。
オレだから、遊んでいるのだと。
探偵としか見れなくても、他の探偵ではなくて、オレだから……と。
そう言って欲しかった。



怪盗は、何も応えないまま。
ただ、口の端を上げて、微かに笑って。




そして、消えた。






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02.02.01 

   


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