valentine rhapsody 〜 extra 〜
寒さよりも暖かさのほうを感じるようになって、嫌いな季節が終わったことに気づく。
窓から外を見ると、膨らんでいる花の蕾や楽しそうな鳥の声が聞こえる。
「もう春か・・・」
思わず口にした言葉に笑ってしまう。
季節の移り変わりなんて、今まで気にとめたことなんてなかったのに。忙しい日常から離れて、のんびりと穏やかな時間を送っているからだろうか。それとも、心に余裕ができたせいか。
「あら、起きていたのね」
いつもなら眠っている時間だから、静かに気配を消して入ってきた彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「今日は不貞寝はしないの?」
「これからするさ。何もすることないからな」
少々むくれながら、伺うように見る。
「なぁ・・・もう本くらい読んでもいいだろ?」
「何言ってるの。昨日まで熱にうなされていたくせに」
「もう大丈夫だからさ。経過だって順調なんだし」
傍から見れば、上目遣いでかわいらしくお願いするさまは、誰もが聞いてやらずにはいられないものだったが。通用しない人間も当然いるわけで。
「ダ・メ・よ」
素気無くキッパリと拒否されて、今度こそ本格的にむくれた。
「なんでだよ。いいかげん退屈なんだよ」
「あらあら、自業自得でしょ。でも、そんなに退屈なら警察のお偉いさんとお話でもする?」
無邪気な風に本を強請っていた顔から一変して、冷たい表情になる。
「今、来てるのか?」
「ええ。先生のところで経過報告を聞いてるわ。お見舞いしたかったらしいけど、まだ安静にしとかないといけないからって断ったのよ」
「そう」
「それで見舞いの品々はいただいたけど」
「どうせ定番だろ。花に果物」
「いらないでしょうから看護婦さんにあげたわ。そうそう、それでね。アノ人からのお手紙なんてものを預かったのだけど」
はい、と差し出されたものを一瞥すると、視線を部屋の隅へと向けた。
「読んであげないの?退屈しのぎにはなるでしょ」
「下らない内容だよ。読まなくてもわかる」
「随分と嫌われたものね」
くすくす笑いながら、指示どおりに手紙をごみ箱へと放り投げる。
「嫌いじゃないさ。邪魔だったから排除しただけさ」
遠い海の向こうの国へと行かざるを得なくなった者。煩わされることがなくなって清々していた。
「そうね。あなたにしては積極的でいい傾向だけど。やり方が問題よね」
小言じみた口調になってきたことに、彼女に背を向けてベッドに潜り込む。
「しつこいな。オレは一番いい方法をとっただけだ」
「方法は良かったわよ。さぞ効果的だったでしょうよ。でも、撃たれるのはあなたでなくてもよかったんじゃない?」
最初から、彼女を誤魔化すことなどできなかったし、そうしようとはしなかった。
誰よりも自分のことをわかってくれている彼女だから。非道な行為をとっても、否定せずに味方でいてくれる。
それでも、死にかけたとなると話は別だった。
「告白のつもりだったのかしら?」
ピクリと肩を揺らしてしまったせいで、盛大なため息を吐かれる。
「・・・自己満足だよ。相手になんかしてくれないからな」
「これまでは、でしょう。彼がどう動くかが見ものよね」
突き放しているようで、面白そうな口調には成り行きを心配している気配を漂わしている。
望んだものは幸せな結末ではない。
どんな未来が待ち受けていようと、ともに受け入れることができる位置にいること。
そのための第一歩だった。
自己満足と言ったとおりに、結果には満足している。
そして、動き出してくれることを願っていた。
もし、彼が律儀な性格なら、なんとも想っていなくてもこのままでいるはずがないから。
怪盗という立場だけで、重傷を負った探偵の身を案じるなんてことはしないだろうから。
一人の人として心を向けてくれて、一人の人として見てくれること―――その切欠をつくるのも目的のひとつ。
そうすれば・・・・・・・・。
end
02.03.02
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