「…いいや…オレの、せいだ…」


激しい悔恨。
血の気すら感じられないほど、蒼褪めた顔。


これがあの月下の魔術師と異名をとる、孤高の怪盗とは。
どんな難事に直面しようと、微笑みながら軽やかに切り抜ける姿しか知らないだけに、素直な驚きに支配される。
先日会ったとき、罪悪感でいっぱいだったのはわかった。
でもそれは、表情から読んだのではなく、言葉の節々と態度から感じ取っただけのこと。


これほどまでに、彼を想っている。
嬉しいはずのことなのに、あまりにも哀しかった。













cradle song   













新一が怪盗を想っているように。
怪盗も新一のことを想っている。

病院から抜け出した新一を送ってきたのが怪盗だったとわかった時、抱いている想いも同時にわかった。
だが、想っていればいいという問題ではない。
審美眼を備えた怪盗だから、新一の容姿に魅せられているだけかもしれないという疑念。
美しい花に害虫が群がるのは物の道理とはいえ、身勝手な感情で手折られるわけにはいかない。
甚だ心外なことに、新一の周囲にはそういう人間が多いから。
美しすぎるのも問題だが、どうして上辺を重視するのか。所詮、皮一枚下は皆同じなのに。
そして、無礼な言を吐く無神経な者。

「工藤は冷たいし優しくあらへんけど、めっちゃ美人やから好きやねん。ほんま、こんなにキレイなヤツは他におらへんからな。多少、性格悪くても全然OKや」

新一は気にした風もなかったが、体の奥底に凍てついた塊を飲み込んだようだった。
冗談まじりに告白していることも、許せなかった。
好きだと言う資格を持ち合わせていないくせに、あまりにも図々しい。
いつも不意にやってきては新一の生活リズムを乱すのも我慢の限界に達していた。自分を何様だと思っているのか。
だから、これ以上彼の周りをうろつけないように排除した。





新一は怪盗だけを見つめている。
怪盗のためならば、他人を罪に貶めることも自身が罪を犯すことも厭わないほどに。
だから、微塵でもいい加減さを含んだ想いでは、いつか新一を絶望の淵に叩き落すだろう。
感情を鈍らせて生きることしかできない、不器用さ。強いようで、負った傷を癒す術すら知らない繊細なひと。
怪盗の胸一つで、心を壊してしまうから。



ジャケットを返す名目で怪盗に会おうとしたのは、一種の勝負だった。
相手が相手なだけに、腹をわって話すことなど期待していなかったが、自分も駆け引きには長けている。怪盗に引けは取らない。
まずは単刀直入に切り込んでみて、どういう反応を返すか。どんな些細なことも見逃すまいと、臨んだけれど。
あっさりと怪盗であることを認めて、どんな責も受け入れる覚悟を見せた。


怪盗の心には、自分の想いを押し付けて思い通りにしようという邪念も欲望もなく。
ただ深い敬愛と幸せを願う想いだけがあった。


見せようとはしなかったが、隠そうともしていなかった想い。
まさか、怪盗が探偵を好きだとは思いもよらないことだから、悟られないと踏んでのことだろうけれど。
十分過ぎるほど、嬉しかった。
怪盗は、彼にふさわしい。想いを受け取れるだけの資格をもっている。


だけど、不安がある。
怖いほど、自分に似すぎていることが、ふたりの未来に陰をおとさないだろうか。


潔すぎる姿勢。
それは何も守るものなどないということを示していた。
新一への想いは、遠くから見ているだけで満たされるという種類のもの。
誰かを守るということは、その人を不幸せにするものだとすら考えている。守りたいけれど、自分の手で守りきることなど到底できないのだと。


諦め。
何も求めず、欲しがらず。
怪盗の生きる目的は、怪盗たる意義を果たすことだけ。
あまりにも哀しい存在。


かつて、自分もそうだった。
組織の研究所で、成果を出すことだけしか楽しみはなかった。
抜け出した後は、新一を元の姿に戻すことだけが生きる全て。
それでも本当の自分を知ってくれる新一や博士がいたし、組織にいたときは姉がいた。決して一人ではなかった。
そして、人と交わることのあたたかさや、日常のささいなことのなかに幸せを見出すことを覚えていったのだ。
嬉しいときに心から笑い、求めるものを手に入れたときには心が奮える。
そんなふうに、生きていて良かったと実感できることを、怪盗にも知ってもらいたい。
そうでなければ、新一は幸せにはなれない。


まずは、新一に求められていることを知ってもらいたかった。
想いを伝えることは出すぎたことだから、新一が怪盗のためにしたことをありのまま伝えた。
頑なに閉ざされた心は、どこまでも無欲で。少しも、新一の気持ちが自分にあるだなんて思いもしない。

「あなたのせいじゃないのよ」

その言葉を何度繰り返しただろう。
言うたびに、左右に首は振られて。
もしかしたら、早まったのかもしれなかった。


でも、怪盗にはしっかりしてもらわないと困るのだ。
いつ何があるかわからない。
自分の手だけで、新一を守れるとは限らない。
怪盗の手は、自分よりもずっと大きくて強いから。
だから、幸せに向き合ってもらいたい。新一を守り抜く力を、もっともっと高めるために。



「こういう輩は私の守備範囲だけど」

英国に行ったことで見逃してやるつもりはなかった者。
いくら新一が罠にかけたといっても、銃を撃ったヤツを許すつもりはなかった。第一、怪盗を傷つけるようなことをしなければ、新一はあんな無茶をしなかったのだから。

「でも、遅かれ早かれどこかに行っていただくつもりでいたのよね」

何より目障りだった二人組。
片割れは、新一の家に遊びに来ていたときに眠らせ、数本の注射を打つだけで終わった。帰るときにあわせて、父親に匿名の手紙を送りつけた。内容は至極簡単。

――――貴殿のご子息は、麻薬に手をだしています。

息子とは裏腹に、質実剛健な父親のすることは予測できた。
一度の過ちすら許さない。正義を旨とし警察官として身を律してきた人間だからこそ情けに溺れたりはしない。社会に二度と出さないことが科した罰。探偵としての未来を取り上げ、剃髪させて仏教でも殊更厳しい宗派に預けられた。

ライバル関係の者がいなくなったからか、最近鼻につく行動が目立ってきた矢先。もう少し早く手を打つべきだったかと、反省した。
だが、原因である者は反省する殊勝さは持ち合わせていなかった。
新一に見舞いと称して送ってきた手紙。
届くそばから新一は捨てていったけれど。相手の動向を知る必要があったから代わりに読んだ。

「紳士面してるくせに、よくもこんな手紙を書けたものだわ」

退院する折に迎えにあがると書いてあったのは本当。
けれど、この私が愛しているから当然貴方も自分のことをにくからず思っているだろうとか。キズものにしてしまったから、これで貴方は私のものだ、一生責任とって面倒みるから安心しろ、だの。まったくもって、吐き気がするようなことばかりを書き綴っていたのだ。
だから、日本の週刊誌だけでなく、英国で大人気のゴシップ紙にもネタを提供してやった。

『日本で親の権力を傘にきて、好き放題した犯罪者が英国に上陸した』。

傷害、殺人未遂、強奪、それから性犯罪―――未成年に対して卑猥なことに及んだ、と。

「でも、これは捏造ではなくて事実だけど」

被害者の年齢を多少さば読んだだけで。
関係を迫るような脅迫文は直筆だから、それを掲載されても名誉毀損とは言えない。
特に、性犯罪者には厳しい国だ。服役を終えた者を要注意人物として顔写真つきで頒布するくらいだから。
もうこれで、英国で探偵としてやっていくことも、居住すら叶わないだろう。

「工藤くん、あの国好きだから。永住されたら旅行には行けないものね」

簡単に息の根を止めてやる気はないから、ひとまずこれで作業は終わり。出方次第で、手を打っていけばいい。


先ほど日付は変わり、万愚節になった。
窓から隣を見るが、どこにも灯りはついていない。
30分ほど前、新一が出かけていくのには気がついた。
今日と言う日を、何か待ち遠し気にしていたことにも。

まだまだ無理はできない体。
ちょっとしたことでも熱を出すのだ。
けれど、今日だけは大目にみた。


「工藤くんにとって大事な日なら、怪盗さんも同じはず」


どうか、新一の想いを受け止めて欲しい。
白く輝く月を眺めて、ただそれだけを願う。





end   
0204.12 


 ■firstlove

エイプリルフールの番外編です。
志保ちゃん主体で、ちょっと裏話っぽいカンジ。本編に書いたのだけで十分だったとは思うのですが、せりふだけで気持ちは書いてなかったので、つい番外編をつけたしです。タイトルは『子守唄』。世話の焼けるコドモふたりかかえていますからね〜(笑)。
ちょっとヒドイことになっている人たちがいますけどサラッと読み流してください。そして、記憶にとどめないで下さいね(オイ)。






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