カーテンが引かれ、真っ白い光に瞼が刺激されて。
淹れたてのコーヒーの匂いが覚醒を促す。
髪を梳くあたたかな手に、意識が浮上し。
瞳を開けると、やわらかな微笑みが待っている。
そして。
深みのあるやさしい声で。
「おはよう、新一」
唇におちてくるぬくもり。
後を引く甘さに、ようやくはっきりと目が醒める。
それが、毎朝の出来事。
Needless to say
「……ん…?」
寝返りを打とうとした新一は、何やら固いものに阻まれた。
背中の下に手を入れて、邪魔したものを取って見る。
「…なに……コレ…」
重い瞼をこじ開けて視界におさめたソレは、カチカチと細かな音を立てていた。
「時計か」
小刻みに動く針と、数字をさしている長針と短針。
じっと見つめていた新一は、ぼんやりとした頭で確認するように時間を口にする。
「…10時…12分、だよな…」
目を瞑って開いて、再確認。
けれど、やはり針の指している時間は10時12分、もうすぐ13分になろうとしている。
「なんで…?なんで、目覚まし鳴らないんだよ…?」
昨夜は、きちんと7時にセットして寝たはずなのに。
今は、もうすぐ一限目の講義が終わろうとする時間である。
深くため息をつくと、新一は時計を布団の上に放り投げた。
弾んで転がった先は、誰も寝た形跡のないベッドの半分。
形よく整えられたままの枕。
しわのよっていないシーツ。
冷たくてヒンヤリとしたままの寝床。
「……平日に、仕事なんか入れるからだぞ」
ぼそっと呟いて、時計を持っていたほうとは逆の手になにやら握り締めているモノに気付く。
「………どうして携帯なんて持ってんだよ…」
しかも、しっかりと握り締めていたせいで指先は痺れている。
朝から不可解なことに頭を悩ますなんてご免だとばかりに、携帯をサイドテーブルに投げ、ブランケットに潜り込む。
固く目を閉じて、ついさっきまで漂っていた眠りに落ちようとするが。
RRRRRRRR。
静かな空間に響いた音に、がばっと飛び起きる。
手を伸ばして携帯を取って通話ボタンを押すや否や、たったひとりの名前を呼ぶ。
「快斗?」
『………………』
「もしもし?快斗?どうし…」
はっとして、続く言葉を飲み込む。
快斗のことを考えていたから、快斗からとばかり思っていたけど、実は違うのではないか。
表示板も確認せずに出てしまった電話が誰からか、耳から外して見てみようとしたところに。
『く…くどぉ…な、なして…俺が黒羽になるんやぁ……』
『ちょっと、何泣いてんですかっ!工藤くんが無事かどうか――』
耳障りな声に、新一は躊躇せずにプツリと電話を切った。
「くそ、まぎらわしいことしやがって」
間違えたのは自分であっても、相手のほうに非があるのだ。
新一の言い分としては、自分に用事のない時に掛けてくる方が悪いのだから。それに、今声が聞きたいのは一人だけ。
再びベッドに横たわって、じっと手の中の携帯を見つめる。
「掛けてこい。そうじゃなきゃ、今日はもうベッドから出ないからな」
快斗の声を聞かないと、一日が始まらない。
いつの間にか、"起してくれるやさしい声=朝"という図式が成り立っていて、そんなふうに自分の頭に刻み込んだ相手は、最後まで責任を全うすべきだという考えに取り付かれる。
そこへ。
RRRRRRRR。
念じた途端の、呼び出し音。
今度も、表示板を確認せずに通話ボタンを押す。
「快斗?!」
誰何することなく、飛び出した名前。
クスリ。
電波にのって、微笑みが伝わってきた。
『おはよう、新一。ようやく起きたみたいだね』
「………………ようやく、ってなんだよ」
自分のことなど手に取るようにわかっているみたいな言い方に、新一は眉を寄せて遠く離れた相手を睨む。
『ようやくだろ。7時に掛けた時は、"もう少し寝かせて"。7時半は"あと30分"。8時は"もう今日は大学サボる"だったけど』
「……………」
記憶にはないから担がれているのか。そう思わないでもなかったが、しっかりと携帯を握り締めていたことが、事実であることを物語っている。
返す言葉もなく、黙っていると。
『そろそろ哀ちゃんが来るから、着替えてご飯を食べてね。冷蔵庫のなかの野菜スープを温めて、それとパンとフルーツゼリー。コーヒーだけだと、哀ちゃんに怒られるよ』
「わかったよ。でも、なんで灰原が来るんだよ」
『定期検診。いつも新一逃げるだろ。でも今日はヒマなんだからちゃんと受けるように』
その言い草に、大学をサボってしまう事態まで読まれていたことを知る。
そして、何もする気も起きないからと不貞寝しようとしたことまで。その空き時間を有効的に利用するために組まれていたのだろう予定。
「…わかった」
面白くなくて、ちょっとむくれるが。
でも、快斗の声に頭の中はすっきりとして、ずい分遅いが完全に目が醒めた。
「おはよう、快斗」
朝の挨拶。
それが、新一にとって一日の始まり。
「どうしたのかしら、さっきから上の空だけど」
心電図を取り終えたことで一通りの検査を終えた哀は、新一の胸から配線を外しながら声をかける。
検査の最中はじっとしてもらえる方が助かるから放っていたが、気にならないわけがなくて。
「え…?あ、終わったのか」
体を起して、服に手を通す。
「で、どうしたの?あなたが事件以外で考えこむとしたら、黒羽くんのことでしょうけど」
「なんだよ、それ…」
頬は赤く染まり、哀の指摘が正しいことを語っている。
「一晩、彼がいなかったくらいで寂しいって訳ではないでしょう?」
「な…当たり前だろ!ガキじゃないんだから…!」
「でも、起してもらわないと起きれないのよね」
「……………」
くすりと微笑む哀に、返す言葉はない。
今日のことがなくても、厳然たる事実であるし。どうせ、哀は新一の日常がどういったものであるか知り尽くしているのだ。誤魔化しようもない。
「帰ってくる予定が延びたの?」
「いや、夕方には帰るって」
それなら何を考え込むほど悩んでいたのか?
瞳で問うてくる哀に、新一はぼそぼそと話し始める。
「……今まではさ。快斗、休みの日にしかステージ入れなかったから…昼まで寝ていようと気にならなかったけど…」
「黒羽くんがいなければ朝も迎えられないことにようやく気付いたってとこかしら。それで、どうにか改善しようとでも思ったの?」
「違うよ。それはそれでどうしようもないんだし。責任とるのは快斗のほうだ」
さらに顔の赤さを増しながらあっさり現状を認める新一に、哀はこっそり笑う。
(まったく自覚ナシに惚気ないで欲しいわ。それに無意識にそんなカワイイ顔をするから、黒羽くんの苦労も耐えないのよ)
健康診断と称して、今日一日、哀は新一のお守を任されたのである。
快斗のいないスキをハイエナのように嗅ぎ付けては、近寄ってくる不埒な輩のために。
「なら?」
「……だから、快斗もさ。オレが、快斗がいないと朝が始まらないように、快斗にも何かオレがいないと始まらないっていうか、できないことがないかなぁ…って…」
「………………」
(…惚気以外に何かあると思う方がバカよね…まったく工藤くんって…)
言いながら照れてしまって、益々赤くなった新一を、呆れたように哀は見やった。
(黒羽くんだって、あなたがいないと一日が始まらないからあれだけ丁寧に起しているんじゃないの)
一度だけ見たことのある朝の光景。
あまりにも甘い甘い恋人たちの朝に、しばらくは口にする甘い食べ物さえ辟易したほどだ。
キスして、にっこりと華がほころぶように微笑む新一に、これから始まる一日を快斗がどれだけ感謝していたか。
わざわざ電話までして新一を起すような真似をするのも。新一のためというより、快斗は自分自身のためにやっている。
「なぁ、灰原。何かないかな?」
無邪気に聞いてくる新一に、哀はため息を連発で吐きたくなった。
(別に惚気られるのがイヤなワケじゃないけど、物事には限度っていうものがあるわ。万年新婚カップルの恋愛相談に付き合うなんてバカよね)
うまくいってないのなら、仲を取り持つなり不和を解消して遣り甲斐みたいなものを得られるが。うまくいっている恋人たちに肩入れしたところで、ピンクな空気に当てられるだけ。ラブラブパワーを上昇するのに、こちらの生命力を奪われてはたまったものではない。
(新婚家庭にお邪魔するのってホント体力いるわ。それでもあがりこもうってのは単なるバカか、自殺志願者―――そういえば、そのバカな自殺志願者がいたじゃないの)
ぽん、と哀は手をうつ。
「灰原?」
「ちょっと待ってね、工藤くん。とりあえず、お茶でも入れてくるから」
不思議そうに首を傾げる新一を残して、哀は席を立った。
「なんか用か?大学サボってまでさ」
哀がリビングから出て行ってすぐ。
玄関がうるさくなったかと思うと、部屋に駆け込んできた二人組。
怪訝な顔をする新一に、ほっとした表情で共に胸をなでおろす。
「工藤くん!無事だったのですね!」
「ああ!よかったわ!何かあったのか気がきやあらへんかったんでっ!」
「無事とか、何かって…なんなんだよ」
「だって工藤くん、講義に出てらっしゃらなかったし!」
「それに、電話の途中で突然切れるし!」
「心配で心配で!こうしてすぐに駆けつけたんですよ!」
「そや!死に物狂いやったで!!」
今日、快斗は仕事のせいで大学を休講するとリサーチ済みだったから、それはもうはりきっていたのだ。お邪魔虫がいないので、新一と二人っきりでとっても幸せな一日が過ごせる、と。
なのに、待てど暮らせど新一は来ない。曲がりなりにも新一のガードに役立っていたお邪魔虫がいないせいで、通学中に何やらあったのか。それとも自宅に凶漢でも押し入ったか。
慌てて携帯に掛けてみれば、お邪魔虫に勘違いされた挙句にプツリと切れた。
恐ろしい妄想に取り付かれ、無我夢中で駆けつけてきたのだ。
なのに、新一は。
「くだらねぇ、そんなことで」
素気無く、一蹴。
ガーン、ガーンと衝撃が鳴り響く頭と、ぐっさりと刃をつきたてられた心臓と。それぞれ押さえながら服部白馬両名は、よよと床に倒れこむ。
「まあまあ、工藤くん。彼らも心配して来てくれたんだから」
新一と自分の分だけのコーヒーを入れてきた哀は、トレイをテーブルに置きながら場を取り持ってやる。
「「お嬢さん(嬢ちゃん)っ!!」」
味方を得て、すぐさま立ち直りを見せる二人に。それでも新一は、面白くなさそうに哀に言う。
「だってコイツら。朝っぱらから電話掛けてきたんだぜ、何て用もないのにさ。一日の最初は快斗の声からってのがオレの習慣なのに、コイツらの声で今日が始まったんだ」
本当は、快斗の声が最初なのだが、新一に記憶がない以上そういうことになるのだ。
「確かに、それはイヤよね」
コーヒーを渡しながら、哀は本気で頷く。
(一日を台無しにされた気分になるわ)
そんなことを哀が思っている傍らで、ぼろぼろと涙をながす二人。電話を掛けたことで新一の不興を買ったばかりか、お邪魔虫の声がいいだなんて。あまりにも残酷な事実。
「それにさ、すぐとか死に物狂いってわりには、あれから何時間経ってるんだよ。恩着せがましい」
「「…っっ??!!!」」
思ってもみないセリフに、二人は慌てて腕時計を見る。
確かに、新一の言う通り。すぐに押しかけたはずなのに、物凄く時間が経過しているではないか。
「「ど、どどどういうことですか(ことやねん)っっ???!!!」」
慌てふためく姿にも、新一は興味ないとばかりに無視してコーヒーを飲む。
哀も冷たい視線をおくりつつ、仮面の下ではクスクス笑っていた。
ちょうど工藤邸に行こうとした時、大騒音を撒き散らしながらやって来た二人を門の外で撃退したのは哀自身である。超強力麻酔針を打ち込んで失神させるのに、ものの10秒もかからなかった。
これから検診をするのに、邪魔以外の何ものでもなかったから。
そして、さっき。
解毒剤を打ち込んで意識を回復させてやったのも、哀の手際だ。
(黒羽くんが帰ってくるまで後少し。それまで退屈させないでちょうだいね)
新一の無意識の惚気に付き合うにしても、傍観者ほど楽しい立場はない。
だらだらと冷や汗をたらしている二人は、哀の期待にすでに応えてくれていた。
「工藤くん…っ!一体なにがどうなっているのか全くわからないのですがっ!でも!工藤くんが怒るのもムリはありません!申しわけなく思っていますっ!」
「せやから!!許したってぇやっ!な?!な?!」
平謝りに謝ってくるが、新一は怒ってはいなかった。
大体、この二人に対して怒りを覚えるほど感情は向いていないのだから。
「別に、謝らなくっても。ただ、二度と電話さえしてこなければいいんだけど」
「「ええっっ!!そ、そそそれは…っっ」」
あっさり許してもらえたと喜んだのも束の間。新一の欲求にたじろぐ。
「そ、そそそんなことできへんっ!だって工藤かて、俺の声を聞きたいとか思うことあるやろっ?!なんか無性に夜中とかになっ?!」
「そ、そそそうですよ!どうしても会えない時に、せめて電話でもって思いますよねっ?!」
「いや全然、快斗の声ならともかく。お前らの声きいても仕方ない」
「「そ、ん…な…っっ!!!!」」
きっぱりと言ってのけた新一に、ショックのあまりもう涙もでない二人は呆然と目を見開く。
(こ、これはなにかの間違いです…っ!悪い夢を見ているに決まってます!)
(白昼夢や!そうや絶対!あんまり繊細やさかい、神経がおかしゅなっとるんやっ!)
遠い遠い目をして、夢の中に逃げ込もうとしている白馬と服部。
だが、そんな二人に哀はやさしくも現実へと引き戻してやる。
「そんなことより、工藤くん。さっきのこと、彼ら相談してみれば?きっと"頼りに"なるわよ」
"頼りに"なると強調されて、現金さんたちは俄然復活する。
「いやー、嬢ちゃんはよお俺のことわかってくれてんなぁ!」
「さすが、お嬢さんは見る目があります!そりゃあ僕は物凄く頼りになりますとも!」
「まぁ、灰原がそう言うならそうなんだろうけど」
絶対的に信頼を置いている哀であるから。新一は、素直に頷くとようやくまともに二人を見た。
蒼い瞳に見つめられて、服部と白馬はぽかぽかとした日溜りに――というか熱く身を焦がす灼熱の太陽に照らされている気になる。
(ああ…!そんなに熱い眼差しで見つめないで下さい!)
(そうか!工藤は冷たい態度で俺を試してたんやな!そうや!俺の愛情を試してたんやっ!)
(なんて可愛らしい人だ!僕の本気の程が見たかったとは!でも、僕が悪いんですね!はっきりと愛を示さないでいたから!)
(でも大丈夫や!思い切って言いや!しっかりがっちり受け止めてやるさかいっ!!)
「「さあ、工藤くん(工藤ぉ)!何でも言ってください(くれや)っ!!」」
「うん、あのさ…」
ちょと言いよどんで。
やや俯いた眼差し。
白い頬はほんのり色づいて。
((か、かわいい〈かわええ〉…っっ!!!))
心の中で絶叫しながら、二人は思わず立ち上がる。
両手を広げて、自分の胸に飛び込んでくるだろう新一をしっかりと抱きしめるために。
まさに、愛を告白する乙女のようなたおやかな風情しか見出せなかった。
「……その…、オレがいないと始まらないこと…ってないかなって考えてたんだけど…」
「「……はっ??!!」」
頭のいいニンゲンは、多少話しをはしょっても通じるものと思っている。
普段が頭の回転が並外れて速いオトコといっしょにいるせいで、不自由したことがないのも要因ではあるが。
まったくもって何を言われたかちんぷんかんぷんな二人。
だが、頭を捻ったのも一瞬で新一の言葉の分析に走る。何と言っても自己流解釈は大得意だ。
(つまり、僕に謎かけをしているのですね!)
(三度のメシより謎が大好きな工藤やさかい、これはまさしくラブメッセージやっ!)
(と、いうことは…工藤くんがいないと始まらないことというのは…工藤くんは愛の対象なのだから…)
(愛しあうってことやあらへんかっ!)
((そう〈や〉っ!!アダムとイブのように二人でいてはじめて成立することなんてたった一つ〈や〉っ!!))
ぐっと両拳を握り締めて、ガッツポーズ。
感激のあまり込み上げてくる涙を必死に堪えて、とにかく新一の求める答えを言う。
「「工藤くん(工藤ぉ)!!それは愛しあうことです(や)っっ!!ああっでもっ!!いきなりは驚かせてしまいますね(しまうさかい)っ、ここは熱いキスからってことでっ!!」」
「……キス…?」
「「そうですそうです(そやそや)っっ!!」」
唇を突き出す2人だったが、そんな不気味なモノを新一は見てはいなかった。
困ったような顔で、隣に座る哀を伺う。
「いいアイディアだと思うわよ」
「いい…って、でも…」
朝、起してくれる快斗に対抗するためならば、新一からキスを仕掛けろということだ。自分からキスなんて一度もないのに。
「キスはひとりでできるものじゃないから、理屈的にもあなたには叶っているんじゃない?」
「それは…快斗がどう思うかが一番だよ!」
「でも、それをどうやってあなたは決められるの?」
「…………」
言葉に詰まる。
哀の言うことはもっともで。快斗の気持ちを推し量るなんて土台無理。
それなら、自分自身が納得いく方がいいということか。
「工藤くん、いつでもどこでもすればいいというものじゃないわ。朝、起してもらってキスをして、それであなたの一日が始まるように、そんな場面でないと」
「つまり?」
「つまり、今日みたいにね。遠くから帰ってくる彼に、おかえりなさいって言ってするの。あなたのキスで帰ってきた実感がもてるでしょ。そして、キスしてもらえない限り、彼は帰ってきたって思えなくなるから」
哀の提案になるほどと頷きながらも、あれやこれやと考える。
(確かに、そんなふうに思わせられるのかもしれないけど…でも、キスなんて快斗には何でもないことだろうし……それに、やっぱり自分から…っていうのは……)
ぐるぐる悩みだした新一を哀は面白そうにみていたが。
門の外に、車の止まる音がする。
(あらあら、ずい分と予定より早いお帰りだこと)
悪戯っぽい笑みを浮かべると、ぽんと新一の背を叩いた。
「ほら、工藤くん。彼、帰ってきたわよ」
「えっ?!もうそんな時間?!」
思考を途中で打ち切られ、突如として告げられたことにあたふたする。
「さっさと迎えに行って、キスしてらっしゃい」
「そ…それは…!」
「四の五の言わないで早く!」
些か混乱しているところに鋭く言い放たれて、新一は反射的に立ち上がると駆けていく。
「「工藤くん(工藤ぉ)っっ??!!」」
今か今かと、新一の美しい唇が触れてくるのを待っていた二人は、部屋を出て行った新一に。
「「ああっ!!僕(俺)としたことが!シャイな工藤くん(工藤)を驚かせてしまうなんてっ!!」」
己の失態を挽回すべく、仲良く新一の後を追いかけていった。
一人残ったは哀はほくそ笑む。
「タイミングよく実験体が手に入って助かったわ。それに、今度からお土産を2割増で要求できるし」
演出したドラマの最後を見るために、哀もエントランスへと向った。
「ただいま、新…」
玄関扉を開けた途端、ホールに駆け込んできたヒト。
丁度、呼ぼうとしていただけに、快斗はビックリする。
覚えのある男ものの靴が二足目に入ったが、哀のもあるから焦るようなことはないけれど。
「どうし――っ?!」
訊く間もなく、白いしなやかな手が伸びてきて頭を抱き寄せられ、唇に灯るあたたかな感触。
微かに触れ合って、すぐさま離れていく。
そして。
「お、おかえり…っ…快斗…」
真っ赤なカオとは対照に、瞳はより蒼さを増して。潤みながらもじっと快斗を見つめる。
瞬間、真っ白になった快斗の頭のなかは、きらきらと輝く蒼い宝石で埋め尽くされた。
強烈な蒼は、いつでも快斗が浸っていたいと願う幸せそのものの色。
今朝は、最初に瞳に映してもらえなかったことで、ちょっぴり気力が沸かなくて空気の色さえ荒んで見えたのに。帰ってくれば、こんなにいいことが待っていたなんて。
驚きよりも幸せが勝り、快斗は柔らかな微笑みを見せる。
「ただいま、新一」
細い肢体を抱き寄せて、段差のせいで少し上にある新一の唇に、快斗は自分のそれを重ねた。
もちろん、新一のように触れるだけで離しはしない。
吐息を分け合うように、奪うように。
やさしく、激しく。
労って、翻弄して。
快斗にすがり付いている、新一の手から力が抜けきるまで。
「ねぇ、新一。これからずっと、"おかえりなさいのキス"してくれるんだろ?」
「う、ん…快斗が…イヤじゃないなら…」
「もちろん、イヤなワケないだろ。オレはこの家に帰ってくるんじゃなくて、新一のとこに帰ってくるんだからさ。最高に嬉しいよ」
「ホントに?じゃあ、さ。コレって習慣になる…?」
「習慣?」
「そ…習慣…。……絶対に欠かせないっていうか、その……オレがいないと始まらない、できない…ってそんなのにならないかな…って…」
「……………」
「…快斗…?」
「もう…とっくにそうなってるよ。オレは、新一がいないとこうやって立っていることも、息をすることもできはしない」
「どういう…?」
「新一がいなきゃ、なんにも始まらない。生きていけないってことだよ」
end
01.10.23
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